第十七話
鍵の開いた裏門から忍び込み、誰もいない静まり返った校舎を駆け抜けて、あの温室の前へと向かう。
温室に近づくにつれて、胸元のルビーのネックレスが、まるで生き物のようにトクトクと脈打ち始めた。
肌に触れる冷たいはずの石が、じわじわと熱を帯びていく。
あの日、彼に首筋に残された冷たくて熱い痕と共鳴するように、首元が激しく疼いた。
(……やっぱり、ここにある……!)
息を殺して、軋むガラス戸を静かに開ける。
生い茂る観葉植物の陰を押し分け、温室の奥へと進んだ瞬間、私は思わず息をのんだ。
昼間の捜索では、影も形もなかったはずの温室の深部。
ガラス屋根越しに、雲の隙間から差し込んだ一筋の月光が、スポットライトのように「その木」だけを鮮やかに照らし出していた。
「……あ……」
枝いっぱいに、見たこともないほど美しく熟した赤い果実を実らせた大木。
風もないのに葉が揺れる微かな音が響き、まるで世界から切り離されたそこだけが、異空間のように静まり返っている。
胸元のルビーは、目の前の赤い果実と同じように、闇の中で妖しく熱い輝きを放っていた。
絵本に描かれていた、あの樹木。
昼間の現実には存在しなかったはずの光景が、夜の温室の中で確かな存在感を放っていた。
冷たい夜の空気が、私の頬を撫でる。
その木の根元に、一人の人影が静かに佇んでいた。
静寂の中で、その人影がゆっくりとこちらを振り向く。
月明かりに照らし出されたのは、あの愛おしくて悲しい瞳。
教室の名簿からも、誰の記憶からも消されていた——月島くんだった。
「……百合!」
風に乗って届いたその声は、夢でも幻でもなく、確かに私の鼓膜を揺らした。
月島くんは私に近づこうとはせず、少し離れた場所から戸惑った瞳で私を見つめていた。
あの日の罪悪感からか、自分から駆け寄るのを躊躇っているのだと分かった。
けれど、私にはもうそんなことは関係なかった。
私は足を踏み出し、自分から彼のもとへ駆け寄ると、その身体を強く抱きしめた。
「見つけた……月島くん」
胸の奥で、あの温室でのキスの熱が蘇る。
そしてその瞬間――。
自分でも知らない、何かが目を覚ました。




