第十五話
——コンコン
誰かがノックをし病室のドアが静かに開いた。見覚えのある人物、転校生として私を見つめていた、あの神代くんだった。
「百合、気がついたんだね!」
安堵したように目元を緩める彼に、私はすがるような思いで問いかけた。
「神代くん……! 月島くんは……!? 月島くんはどこにいるの……? 無事なの……?」
私の切迫した声に、神代くんはどこか悲しげな、静かな瞳で私を見つめた。
「……百合。君は、とても長い夢を見ていたんだよ」
「夢……? 違うよ、だってあそこには月島くんがいて、温室で——」
「事故のあと、君の意識はずっと戻らなかったんだ。脳が痛みに耐えかねて、都合のいい夢を作り出していたんだよ」
神代くんは私のベッド脇に歩み寄ると、その冷ややかな手で私の指先をそっと包み込んだ。戸惑う私に、彼は優しく、けれど諭すように告げた。
「……僕がずっと、君のそばにいたんだよ。僕たち、付き合ってすぐ君が事故に遭って……僕がどれだけ心配したか」
「え……?」
付き合っていた……?
私と、神代くんが……?
息が止まりそうだった。
神代くんの手の温もりが、まるで「これが現実だ」と主張するように肌に伝わってくる。けれど、私の心は強烈な拒絶反応を起こしていた。
◇
それからリハビリを経て、私は数ヶ月遅れで学校へと復帰した。
教室の席、賑やかな同級生たち、放課後の夕日。
そこには神代くんが「私の彼氏」として当たり前に隣にいて、周囲もそれを微笑ましく見守っている。事故に遭う前の「正常な日常」が、何事もなかったかのように通り過ぎていく。
でも——何かが、決定的に違っていた。
「百合、どうかした?」
購買でパンを買ってくれた神代くんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ううん、なんでもない……」
私は無理に笑顔を作ったけれど、神代くんの指先が私の髪に触れるたび、脳裏を掠めるのは別の感触だった。
庭園の夕暮れ。
私を壊れもののように抱きしめ、首筋に冷たく熱い痕を残した月島くん。
そして、あの言葉のない、深くて切ないキスの記憶。
(あれが全部、私の脳が見せた『夢』……? そんなわけない……)
もし本当に夢だったなら、どうしてこんなにも切なく、私の胸を焦がし続けているのだろう。
神代くんと過ごす「現実」にいればいるほど、私は自分の一部が置き去りにされたような強い違和感に苛まれた。
放課後、神代くんが先生に呼ばれて席を外した隙に、私は吸い寄せられるようにあの温室へと向かった。ガラス越しに昼の光が差し込む温室には、紫色のエキザカムの花が咲いている。
けれど——温室の奥をいくら探しても、あの赤い果実のなる木なんて、どこにも存在しなかった。
「……やっぱり、夢……なの?」
クラスの名簿にも、学校の記録にも、「月島 朔」という存在の形跡はどこにもなかった。
世界全体が、まるで最初から彼なんていなかったかのように口を揃えて否定してくる。胸元のルビーのネックレスをぎゅっと握りしめる。
誰に否定されてもいい。
私は、月島くんを探し出してみせる。




