第十四話
目が覚めたとき、最初に飛び込んできたのは、真っ白な天井だった。
――ピー……ピー……。
一定の周期で重く響く、規則的な機械音。
鼻をつく消毒液の匂いと、皮膚に届く冷たい空気。窓からは、淡い朝の光が差し込んでいる。
(……ここ、どこ……?)
身体を起こそうとしたけれど、鉛のように重く、指先ひとつうまく動かせない。
温室の中で神代くんの手を取り、世界がガラスのように砕け散った、あの瞬間の感覚がまだ全身に残っていた。
「あ……気がついたんですか! 先生、患者さんの意識が戻りました!」
慌ただしい足音とともに、見覚えのない白衣を着た大人たちが部屋に雪崩れ込んできた。
ライトで目を照らされ、脈を取られ、いくつもの問いかけを投げかけられる。
私はただ、引きつった声で尋ねることしかできなかった。
「私……学校は……? 月島くんは……?」
医師と思われる男性は、驚きと痛ましさが混ざったような複雑な表情で私を見つめ、静かに告げた。
「百合さん、落ち着いて聞いてくださいね。……あなたは通学途中で交通事故に遭い、それからずっと意識が戻らなかったんです」
「事故……? でも、私、さっきまで……」
「今日で、事故からちょうど一週間が経ちます。本当に、よく目を覚ましてくれました」
一週間…
その言葉が、頭の中で虚しく空回りする。
(一週間……? 嘘……だって、昨日も、さっきまで……)
私にとって、月島くんと過ごしたあの学校での日々は、昨日までの確かな日常だった。
月島くんの温もりも、挿してくれた紫色のエキザカムの花の匂いも、鮮明すぎるほど手元に残っている。
なのに、この白い部屋にいる大人たちは、口々に「長かった夢から醒めたんだ」と私を優しく労うのだった。
大人たちが去り、静まり返った病室で、私はゆっくりと自分の首筋に指先で触れた。
あの日、彼に刻まれた冷たくて熱い痕の感覚が、今も痺れるように残っている。
その時、指先にカチリと冷たい金属の感触が当たった。
(……え……?)
パジャマの胸元を確かめると、そこにはあの鮮やかな赤い輝き——月島くんから貰ったルビーのネックレスが、たしかに私の首に飾られていた。
「夢」なんかじゃない。
大人たちがいくら否定しても、このネックレスも、首筋に残る熱も、紛れもない現実だ。
脳裏に蘇るのは、私を繋ぎ止めようとした彼の、壊れそうなほど必死な瞳。
もしあれが、単なる脳の見せた「夢」だとしたら。
どうしてこんなにも切なく、現実のどんなものよりも鮮やかに私の中に刻まれているのだろう。
こんなにも冷たくて、一週間もの時間が残酷に過ぎ去ってしまったこの場所が、私にとっての『現実』だなんて、どうしても思えなかった。
窓の外を仰ぎ見る。雲ひとつない朝の空は、どこまでも青く、ただ静かに私を見下ろしていた。




