第十三話
神代の視線を感じながら、月島はその場から動けずにいた。窓越しに見えるのは、泣き続ける百合と、それを静かに抱きしめる神代。
胸の奥が、ひどく痛かった。
けれど、その痛みを百合のせいにはできなかった。
(……僕が、傷つけたんだ)
あの日。
自分が感情を抑えられず、百合を怖がらせた。
それからずっと、謝りたかった。何度も声をかけようとした。
けれど、怖かった。
自分が近づけば、また彼女を傷つけてしまう気がして。
だから逃げた。
その結果、百合は一人で泣いている。
(……何をやってるんだ、僕は)
百合を守りたいと思っていた。
なのに、いつも傷つけてしまう。
「……ごめん、百合」
誰にも届かない声が、静かな廊下に落ちた。
◇
神代くんは、泣き続ける私を静かに抱きしめていた。
その腕の中で、少しずつ呼吸が落ち着いていく。
やがて神代くんがゆっくりと離れ、静かに口を開いた。
「……百合」
「……?」
「もう、帰ろう?」
「え……?」
神代くんは、私の目をまっすぐ見つめた。
「元の世界へ」
「…元の世界……?」
その言葉の意味が分からず、私は首を傾げた。
「……元の世界って?なに…?」
神代くんは答えなかった。
ただ、少しだけ悲しそうな目で私を見つめる。
「百合、大丈夫だよ」
そして、私の手をそっと握った。
「僕に任せて」
「……神代くん?」
刹那、胸元のルビーがじん、と熱を帯びた。
「……っ」
視界が大きく揺れる。
「なに……これ……?」
温室の景色が歪んでいく。
花も、窓も、夕暮れの空も。
すべてが、水の中に沈んだようにぼやけていく。
「百合っ!」
聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、そこには月島くんが立っていた。
必死な顔で、こちらへ駆けてくる。
「月島くん……!」
私もとっさに手を伸ばした。
パキッ。
空間に、ひびが入った。
直後、世界が大きく崩れ始める。
「百合!待って……!」
温室も。花も。私たちが過ごした時間も。
すべてが、深く、底の見えない暗闇へと飲み込まれていく。
「月島くん……!」
伸ばした手の先で、彼の姿が遠ざかっていく。
最後に聞こえたのは、私を呼ぶ彼の声だった。
そして私は、神代くに手を握られたまま、眩い光の中へと呑み込まれていった。




