第十二話
廊下を一人で歩いていると、また涙が溢れてきた。私は慌てて俯き、誰にも見られないように目元を拭った。
その瞬間。
「……百合?」
後ろから、声をかけられた。
振り返ると、そこには神代くんが立っていた。
「百合、泣いてるの? どうしたの?」
「……え?」
泣いているところを見られたくなくて、私は慌てて顔を背けた。そして、無理やり笑顔を作る。
「ううん! なんでもないの!」
「……」
神代くんは何も言わず、じっと私を見つめていた。
「本当に?」
「うん……大丈夫だか…ら」
そう答えたけれど、声は少し震えていた。
不意に、神代くんがそっと私を抱きしめた。
「……えっ」
突然のことに、身体が固まる。
けれど、その温もりにはどこか懐かしさを感じて、不思議と嫌ではなかった。
「百合、」
耳元で、神代くんの優しい静かな声が響く。
「無理して笑わないで」
その言葉を聞いた瞬間、張りつめていたものがぷつりと切れた。
「……っ」
涙が、また溢れ出す。
神代くんは何も言わなかった。
ただ、泣き続ける私を静かに抱きしめていた。
その腕の中にいると、一人で抱えていた寂しさが、ほんの少しだけ薄れていく気がした。
◇
その頃。
月島は、廊下の角を曲がったところで足を止めていた。百合が一人で泣いているのが見えて、思わず後を追ってきたのだ。
(……百合……)
声をかけなければ。
そう思った。
だが、窓越しに見えた光景に足がすくむ。
そこには、百合と神代がいた。
神代が、泣いている百合を抱きしめている。
「…………」
胸の奥が、ズキリと痛んだ。
息が苦しい。
見たくない。
なのに、目を逸らすことができない。
(……まただ)
この痛みを、僕は知っている。
百合が僕の手から離れていくとき。
僕以外の誰かのもとへ行ってしまうとき。
何度も、何度も味わってきた。
そのたびに僕は、世界をやり直してきた。
それでも。
(……僕は、またこの痛みを受け入れなきゃいけないのか)
指先が震える。
もう、あんな思いはしたくない。
百合を失いたくない。
誰かに奪われるくらいなら。
「……嫌だ」
かすれた声が、誰もいない廊下に落ちた。
その時、神代がふと顔を上げた。
窓越しに鋭く冷たい視線が、僕を射抜く。
まるで「まだ、繰り返すのか」と問いかけているようだった。




