錯覚
親友が亡くなってから、一ヶ月が経った。
しかし、僕は未だに「死ね」という言葉を使っていた。あの日、二度と使わないと誓ったが、口癖となった言葉を簡単に禁止するのは、難しい話だった。どんなに意識しようとしても、口が勝手に動いて言ってしまう。もう、頑張っても無駄だと諦めていたある日のことだった。
「お前ってさ、最近マジうるさいよね。一回死ねよ」
僕は、生まれて初めて「死ね」と言われた。僕に言ったのは、僕の新しい友達で、いつもの会話中にいつもと同じような笑顔で言われた。
「死ね」と言われた瞬間、僕は心に何かが突き刺さったような感じがした。そして、石でも身体の上に乗せられたかのように、ずっしりと気持ちが下がっていく感じ。その言葉が何回も頭の中に木霊し、ぐるぐると回っていた。
その友達は、僕の異変にすぐに気付いた。
「なに、どうかしたか?……まさか、お前も『死ね』って言われて傷付いたとか言わねぇよな?」
「なに言ってんだよ。こいつだって、俺たちにさんざん言ってたじゃん。今さら傷付くわけねぇだろ」
僕は、自分の心がだんだん冷えていくような感じがした。やっと気付いたのだ。親友の言っていたことが正しかったということに。僕が間違っていたということに。
だが、僕が今さらそんなことを友達に言えるわけがない。僕も言っていたじゃないか。何回も友達に「死ね」って。最初は傷付いた子もいたかもしれない。でも、今じゃ慣れてしまっただろう。慣れは恐ろしい。その言葉に慣らしてしまった一人である僕に、「死ね」と言うのをやめろなんて言う資格は無い。だからと言って、言葉の重さに気付いた今、自分がこれからも「死ね」を使おうという気にはならなかった。
それからだった。「死ね」と言われることを恐れた僕は、友達と少しずつ距離を置くようになった。しかし、そんなことをして、あの時のことが誤魔化せるはずもなく、あのことで傷付いたのかと何度も聞かれた。何と返せばいいのか分からなくて黙っていれば、返ってくる言葉は「死ね」だった。そのうち、僕がもう何も言わないと思ったのか、彼らが僕に問いつめることはなくなった。しかし、通り際にすれ違うと「死ね」と言われるのは日常茶飯事になってしまった。
その後のことは、自分が傍観者になって見ているようだった。自分の都合が悪くなって逃げ出した僕は、友達にずっと「死ね」と言われ続けた。彼らは別に、本気で言っていた訳ではないのかもしれない。しかし、僕はみんなが本当に僕に死んで欲しいのかと錯覚してしまった。なんて僕は、愚かなのだろう。
僕は、親友が飛び降りた屋上から、同じように後を追った。
自分で軽んじていた“たかが言葉”を言われただけで、僕は自分の命を捨てたのだ。ようやく、理解が追いついた。親友が自殺した時、僕はまだちゃんと理解していなかったのだ。言葉は、時によっては凶器になること、人を殺すことが出来ることを。
僕は、静かに目を閉じて最期が来るのを待っていた。瞼の裏には、いつまでも親友の笑顔が焼き付いていた――
僕は、思い出したことを全て彼に話した。彼は途中から何か言いたそうにしていたが、僕の話が終わるまで黙っていた。
「ふむふむ」
全て終わると、彼は腕組みをして相づちを打った。
「これで、君は過去のことについてほとんど思い出したわけだ。ひとまず、おめでとう」
彼は、パチパチと短い拍手をする。これは、喜ぶべきなのだろうか?よく分からなくて、僕は黙って立っていた。
そんな風に呑気にしている時だった。彼が、再び口を開いた。
「じゃあ、次へ行こうか。君の罪について、教えてくれるかい?」
「……え?」




