罪
「なんでポカンってしてるんだい?僕は君に聞いただろ、自分の罪のこともって」
そうだった。彼は確かに、僕が過去を聞く前に聞いていた。でも、それは……。
「それは、僕が親友に『死ね』って言ったからだろ?」
「ああ、もちろんそれもある。でも、それなら他の子達も同じ罪のはずだ。君一人だけじゃない」
それなら、僕だけが此処に来る理由が他にあるというのだろうか?確かに、僕は他の子達と決定的に違うところがある。でも、それは悪いことではないはずだ。だって、僕は他の人たちより先に言葉の重さに気付いたのだから。それが罪だというのだろうか?
「気付いたかい?同じ罪であるはずなのに、君だけが此処に来た。それは、今生死がどうであれ変わらない。たとえ、彼らが命を落としたとしても、此処に来る人はいないんだ。それは、君が彼らより罪を犯しているからだよ。そして、何より最低なことをしたからだ」
……何を言っているんだ、彼は?僕は何処か悪いところがあっただろうか?みんなより先に「死ね」が悪い言葉だと気付いたのに。
「一番最初、君にお話しようって言った時に、僕は言ったはずだ。君、嘘つきでしょ?」
そうだ。そこから始まったのだ、この話は。でも、未だに分からない。記憶が戻った今でも、僕は誰にも嘘をついた覚えはない。
「分からないなら、聞こう。君は、『死ね』という言葉を使うのを躊躇うようになった時、どうした?」
躊躇うようになった時……?親友が自殺してから……いや、初めて「死ね」と言われた時か?
「迷っているね。君がその言葉を躊躇うようになったのは、君の親友が自殺してからだ。その時、君は誓っただろう? もう二度と、『死ね』と言わないことを。だが、君は使った。あのあとも、自分が言われるまで」
「でも!それは……」
「言い訳して何になるんだい?口癖になったから、言っていい訳ないだろう?君のその甘えが、この出来事を引き起こした」
彼は、僕に言い訳の時間をくれなかった。容赦なく、核心をついてくる。
「それとも、これは昔の話だって目を背けるかい? これは、刑事事件にはならない。だから、時効もない。人を言葉で殺したのに、言い訳に甘えてまた逃げるのかい?」
焦った。でも、これだけは言いたかった。
「僕は、人を殺してなんかいない!あれは……。」
「じゃあ、君の親友は何故自殺したんだい?彼の一番の支えは、君だったんじゃないのかい?」
そこまで言われると、僕はもう何も言えなかった。
――人殺し、と聞くと、大抵の人は刃物や鈍器で……という外傷を思いうかべるだろう。だが、それだけじゃない。言葉は、どんな鋭利な刃物や重い鈍器よりも強い武器になる。人目につかずに、人の心を傷つけることが出来る。知っていたかい?君の親友は、「死ね」という言葉が大嫌いだったそうだよ。なんでだか、君に分かるかい?君の親友は、ずっと死にたかったんだ。元々、得意なことが殆どなかった彼は、いつも自分に自信がなかった。そんな自分が唯一自信を持てたのが、サッカー。君と始めた、サッカーだったんだ。そこから、彼は君のことをとても信頼していたそうだよ。でも、仲が良かった君とも、高校になってからは話せなくなってしまった。友達の作り方なんて知らない彼は、一人でいるより他なかった。家族とも上手くいかなくて、何処にいても孤立していた。生きる理由も、自分が誰かに必要とされているのかどうかも分からない。そんな時、クラスで「死ね」という言葉が流行りだした。今まで信頼していた親友に嫌いな言葉を言われて、彼がどう思ったのかは想像にかたくない。だが、それが原動力となって自殺したのは大きいだろうね。君は、彼の最後のストッパーを壊してしまったんだ――
僕の、せい?僕が全て原因で……いや、可笑しい。だって、親友の事情なんて、僕は何も知らなかった。知っていたら、そんなこと言わなかったのに。
「まだ自分が悪くないと思っているかい?」
「だって、僕は何も知らなかった。事情を知っていれば、僕はあんなこと絶対に言わなかったよ!」
「どうして、自ら離れていった奴に、そんなことを話せると思うんだい?」
彼の目は、暗い闇に呑まれ、何も映し出されていなかった。その目に、僕は怯んでしまった。
「君は、新しい友達といるために親友を捨てた。自分よりも他人と一緒にいる方が多い人に、どうして自分の身の上話なんて出来ると思うんだい?彼が何を考えて生きていたか、君はまだ分からないんだね」
その言葉は、僕の心に深く刺さった。そうだ、僕は親友をずっと放置した。あいつなら大丈夫だろうと、親友の優しさに甘えていたんだ。
「それに、それだけじゃない。君は嘘をついた。現実から目を背けるために、逃げるために嘘をついたんだ。それは、誰かにじゃない。自分自身に――僕にだ」
彼の言葉に、僕は顔を上げた。真っ直ぐに此方を見ている彼は無表情で、何の感情も読み取れない。
「もう、流石に分かっただろう?僕が一体何者なのか」
「……もう一人の僕?」
彼は、やっとかというように頷いた。
「いかにも。僕は、所謂分身って奴だ。君が死んだ直後、君の魂にお願いされた。この嘘を暴いて欲しいと。そして、僕はきっと最後まで甘えてしまうから、制裁を下して欲しいと」
彼は、僕の手首を強く掴んだ。
「君は、自分の誓いに言い訳して甘えて、現実から目を背けるために自分のせいじゃないと嘘をついた。君には、罰が必要なんだ」
「そんな……こと、どうして!」
意味が分からない。そんなこと、誰にでもあるだろ。なんで、僕だけが罰を下されなくちゃならないんだ。可笑しい。
彼の手を振りほどこうとしたが、手の力が強くて全く動けない。おまけに、本人は涼しい顔をして立っているのだから、余計に腹が立ってくる。
「……君は、『死ね』と言われることに慣れて死んだって言ったね? でも、そんなこと言ったら、あの場にいた君の友達は全員同じく『死ね』と言われることに慣れている。君は、慣れたんじゃない。他の人よりも過剰に反応した、つまり、普通な反応をしたんだ。考えてもみなよ。普通に生活している上で、『死ね』って言葉が使われることはあるかい?いきなりそんなこと言われたら、自分は目の前の人に必要とされていないんだ、って思わないかい?それが普通の反応だよ。それに君は、前まで言う側だったじゃないか。しかも、その言葉の意味を全く知らずにただ流行にのって使っていた。最低な奴だよ。人の命の重さも知らない奴が、命に関連する言葉を使ったんだ。君の親友と同じな訳がないだろ。軽々しく使ってはいけない言葉を軽んじて使った時点で、君は立派な加害者だ……被害者ヅラすんなよ」
彼が低い声でそう言うと、僕は何故か身体が軽くなっていくような感じがした。下を見ると、僕は足下からだんだん塵になっていく。でも、僕にはもうどうしようもなかった。自分が悪いことを認めるしかなかった。僕はこのまま、何も出来ず人を傷つけたという業を背負っていくのだろう。いや、そもそもこれからなんてあるのだろうか?
そんなことをぼんやり考えながら、僕は自分の意識が薄れていくのを待った。
最後、瞼を閉じる瞬間に聞こえた声は、僕の頭の中に木霊して暫く離れなかった。
――人間の心は、やっぱり脆弱なんだな――
――本棚の並ぶ部屋の中、一人の青年とその足下に広がる灰色の塵。
青年は暫くその塵を見つめていたが、スッと目を閉じて右手の指をパチン、と鳴らした。すると、彼は薄黒い洋風のスーツに、黒い手袋の姿になった。顔も、さっきとは全くの別人だ。
「やっぱり、あれじゃ駄目だな。全然面白くなかったよ」
彼はそう呟き、本棚の方へと歩き出す。一つだけ、色が少し薄い本棚の前まで来ると、さっきと同じように右手を鳴らす。すると、本棚の左側を軸にして回転し始めた。
彼はニヤリと笑うと、その奧へと足を進めていった。
――さあ、次は誰が挑戦するかな?人生の罰ゲームに――




