過去
――高校に入ってからのことだ。僕のクラスでは、「死ね」という言葉が流行っていた。別に、言った相手に本当に死んで欲しい訳じゃない。ただのおふざけだ。何か冷やかされたら、「お前、何言ってんだよ、死ね」みたいな、そんな軽い感覚で言うことが当たり前で、それが本気でないことは暗黙の了解のようになっていた。
僕もそれに呑み込まれるのに、大した時間はかからなかった。気付けば口癖のように「死ね」と使っていた。人に言われたことがなかったため、その言葉の重さには全く気付かなかったし、考えようともしなかった。
ただ、そんな僕のクラスにも、一人だけ「死ね」を使わない子がいた。それが、僕の親友だったのだ。小学生の時から一緒にサッカーをやっていて、中学の時は誰もが僕たちを親友と認めるような、そんな関係だった。
しかし、高校に進学して僕に新しい友達が出来ると、親友はほとんど僕と一緒にはいなくなった。休み時間は大抵一人で本を読むようになっていた。多分、僕や、新しい友達を気遣って身を引いてくれたのだろうが、その時の僕は、そんなこと考えもしなかった。
ある時だった。僕は、久しぶりに親友と話していた。すると、途中で僕の新しい友達もやってきて、初めて親友を交えて全員で話した。しかし、「死ね」という言葉は、やっぱり会話の中に何回も出て来た。親友は、僕たちの会話を聞いて、一人驚いていた。
そのうち、みんなの中学生の頃の話になって、僕のことについて話す番になった。当然のように小学校の時から一緒にいた親友から、話を聞くことになる。自分勝手だが、僕は自分の昔の話をされるのが嫌だった。何か、恥ずかしいからだ。親友が話している時、僕は思わず言ってしまった。
「そんなことしてねぇよ、死ね」
本当に、口から考える暇もなく言葉が飛び出した。
他の友達は、「そんな怒るなよ」なんて笑って、いつも通り話を進めていた。しかし、横目でチラッと親友を見ると、親友はとても悲しそうな目で僕を見ていた。一瞬目が合うも、僕は親友に何と言っていいか分からなくて、すぐに目を逸らしてしまった。
それから、話は更に進んでいった。その間に、何回も「死ね」という言葉が出て来たが、親友が驚いた顔をすることはもうなかった。
話の終わり際になった時だった。今まで黙って僕たちの話を聞いていた親友が、突然口を開いた。
「ねえ、君たちさ」
僕もあまり聞いたことがない、低い声。
「『死ね』って言葉、使ってて楽しい?」
すると、親友と僕以外が笑った。
「お前、馬鹿じゃねぇの?」
「楽しいかって、今時この言葉使わないと、会話が成り立たないだろ」
「ちょっとした時にいいよな、お笑いの突っ込みみたいでさ」
「別に、そのくらいで死ぬ奴なんていねぇし」
そう言って、再びその場に笑い声が響いた。
僕はというと、今まで大人しめだった親友がいきなり口を開いたことに驚いていた。でも、だからといって親友の言葉に賛同する気にはなれなかった。僕もどちらかというと、みんなと同じ意見だったからだ。僕の中で「死ね」という言葉は、ギャグなんかで使えるような軽い言葉になっていた。
「そっか」
溜め息を吐き出すかのようにその言葉が聞こえたのは、僕だけだろうか?
「言葉の重さを知らないんだね」
あの時の親友の声が湿っぽかったのは、僕の気のせいだと思いたかった。
その時僕は、そこまで傷つくことだろうか?初めて言われたから慣れていないだけだ、と親友の内面を軽視していた。僕は、親友の言った意味がよく分かっていなかったのだ。
ちょうどタイミングよく、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。
何も言えることもなく、僕はさっきの声には聞こえないふりをして、みんなとその場を離れた。
それが、僕と親友が話した最後の日だった。
三日後。あの出来事から親友と目を合わせることすら気まずくなってしまった僕が、仲直りの言葉を考える前に、
――親友は自殺した――
立ち入り禁止の屋上から飛び降りたのだ。
それを知った時、僕は酷く後悔した。もっと話したかったからじゃない。もっと一緒にいたかったからじゃない。親友は、何か悩み事があったに違いない。僕たちの前の笑顔で隠して、ずっと苦しんでいたんだ。生憎、僕にはその悩みが何かなのかは、皆目見当もつかない。が、親友はそれをずっと一人で抱えていたのだろう。消えたい、って思っていたのかもしれない。そんな時に、「死ね」という言葉を毎日聞いていたら、誰だって嫌な筈だ。その場所にいたら、本当に消えたくなってしまうだろう。それも、その言葉を仲の良かった僕に言われたのなら、尚更だ。
僕は、なんてことをしてしまったのだろう。まさか、ふざけて「死ね」と言っただけで、親友を死なせてしまうだなんて。言葉の恐ろしさを知った。そうだ、「死ね」なんて、「消えてこの世からいなくなれ」と言っているのと同じだ。そんな言葉を、僕たちは軽々しく口にしていたのだ。僕はなんて奴だったのだろう。「死ね」の意味さえ理解出来ずに親友を傷つけてしまった。いや、それだけではない。親友が悩んでいることに気付いてあげられなかった。あの時の親友の表情は曇っていた。それに僕は気付いていたはずなのに、「気のせい」だけで片付けてしまった。あの時声をかけていれば、何かが変わったかもしれないのに。親友の自殺を止められたかもしれないのに。
僕は、もう二度と「死ね」という言葉を使わないことを誓った。




