友
次にリュックサックから顔を出したのは、サッカーボールだった。手にとって、クルクルと全ての面を見るが、他の一般的なサッカーボールと何ら変わりない。
しかし、何故かサッカーをした記憶など無いのに、ボールが手にしっくりと馴染んだ。まるで、サッカーボールを持つことに慣れているかのように。
「お、随分様になっているねぇ。さすが、元エース」
「……え?」
彼から、耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
僕が元エース?そんな目立つことやっていたのか?いや、そもそもの話、僕はサッカーをやっていたのか?
すると、突然、頭の中で何かが光った。そして、僕は……思い出した。そうだった、僕は確か、小学生の時からサッカーをやっていた。エースだったことは、残念ながら思い出せなかったが、点を決めた時に跳び上がる程嬉しかったことは、ちゃんと覚えていた。
『ナイスシュート、――!』
今……頭の中で声が聞こえた。どこかで聞いた懐かしい声。いや、聞き飽きるほど聞いたような耳に馴染む声。仲良しだった人の声だろうか……いや、ナイスシュートと言っていたということは、サッカーも一緒にやっていたのだろう。……ううん、やっていた。そうだ、僕にはよく、一緒に試合に出ていた仲良しな奴がいたはずだ。いつも、そいつのアシストで僕はシュートしていた。それで、点を決めたら真っ先にハイタッチをしていたような……。
声と同時に、次々に浮かんでくる記憶の断片。しかし、どんなに断片を拾い集めても、そいつの顔まではモヤがかかったように、どうしても思い出せなかった。
しかし、僕と仲が良かったであろう、そいつと僕はいつも一緒にいたところまでは思い出すことが出来た。学校でも地元のサッカークラブでも、いつでも二人一緒にいた。……だが、それは中学の時の記憶。今と何の関係があるというのだろう?
「思い出したかい?」
青年の声がして、僕は現実に引き戻された。そして、彼に曖昧に頷く。そいつの存在は思い出したが、顔も名前も覚えていない。
青年は、頷いた僕にクスッと笑ってみせた。
「そうか。まあ、さっきよりは進展が見られて良かったよ。君と、そのサッカーを一緒にやっていた彼は、思い出したと思うけど、とても仲が良かったんだ。何処へ行くのにも、いつも一緒だった。周りも認める、本当の“親友”だったんだ、君たちは。そこまで覚えているのかは分からないが」
親友……だったのか。僕は正直、ショックを受けていた。どうして僕は、そんな大事な人を忘れてしまったのだろう。いや、そもそもの話、僕の親友のことも、中学のことも、僕が記憶を失うことと関係があるのか?僕は今高校生だ。どうして、中学まで遡らなくてはならないのだろう?彼だって、単に僕に、大切な人を思い出して欲しかったわけではないだろう。
そんな僕の内面を知らない彼は、淡々と話を進める。
「関連性は……まだ分からないか。でも、絶対に君は、最後の一つのヒントで全て思い出すだろう」
彼は、自信に満ちた表情でそう言った。
最後の一つ?僕はその言葉に首をひねった。リュックサックの中はもう空で、しなしなとした布が床に落ちているだけだったからだ。
「まさか、もうヒントが無いと思っているのかい?リュックサックの中には、もう何も無いとでも?」
少し低く、冷たい彼の声。さっきまでの笑みを含んだ口調から一転して、僕は急に焦る。慌ててリュックサックを逆さまにして振ってみたが、塵一つ出てこない。
すると、「はぁ」と前方から溜め息が聞こえた。
「まさにそこが、君の欠点だよ。やっぱり、記憶が無くなってもそこは変わらないんだね」
「それは、どういう……」
「君の欠点は、周りが見えなくなることだ。気が付くと、独りで違う方向に走っている」
そう……なのか?周りが見えていない……?だから、最後の一つのヒントを見つけることが出来ない……?
そんなことない、絶対自力で見つけ出してやる。
僕は、その場で大きく深呼吸をした。リュックサックの中を、出来るだけ細かくよく見ていく。すると、内側にチャックのついたポケットを見つけた。そこを開くと、小さな紙が一枚、封筒の形に折られて入っていた。僕は、その封筒を丁寧に開いていった。そこには、ただ黒いペンで大きく文字が書かれていた。
『死ね』
「あ……」
その瞬間、脳に一気に広がっていく記憶。水がスポンジに染みこむように、記憶が脳内全体に流れ込んでいく。
「その様子だと、全部思い出したみたいだね。自分の罪のことも……」
僕は、今度こそ大きく頷いた。




