記憶
僕が、嘘つき……?いきなり何を言い出すんだ、この青年は?
もしかして、昔の僕の知り合いだろうか?そこで僕が、何かやらかしたのかもしれない。それで嘘つきと言われているのか?でもこんな奴、知り合いにいた覚えがない。いや……そもそも、知り合いの顔が誰一人思い出せない。何故だ?僕は今まで、ぼっち生活をおくっていたわけではない。誰かといたはずだ。絶対に、誰かといたはずなのだ。でも、その誰かは、いくら頭をひねっても出てこない。
後方から、クスッと笑う声が聞こえた。
振り向けば、口元に笑みを浮かべたままの青年。
「教えてあげようか、君のこと?僕は全部知ってるよ」
心の内を見透かしたように、僕の疑問に答えた。
教えて欲しい……直感的にそう思ってしまった。だが、そうするより他ないのではないだろうか? 今の僕は、何一つ思い出せない状況な訳で、この青年は親切にも教えてくれようとしているわけだ。こんな良い話はないだろう。……青年の話すことが本当なら、だが。
僕が口を開き掛けた時だった。
「でも、普通に教えるのはつまらないな。大体、君はずっと此処で僕を待たせていたんだ。少しくらい、僕に付き合って貰うくらいはしてもらわないとね。簡単には僕も教えられないよ」
ニヤリと不適な笑みを浮かべた青年は、再び窓の方へと歩み出す。
「じゃあ、まずは君の記憶からにしようか。君は、自分の記憶がどこまであるか分かるかい?」
僕の記憶……今日のことは、鮮明に覚えていた。森で目が覚めたこと、ここまで来た経緯、この青年と出会ったこと。しかし、それより前はどうだろう?何処にいたのかも、誰といたのかも分からない。昨日までの記憶が、ごっそりと誰かに抜かれてしまったかのようだ。青年は、そのことを聞いているのだろうか?この青年の仕業なのか? そんなことを考えていると、青年の射るような視線が僕に突き刺さってくるのを感じた。早くしろ、と言っているようだ。
僕は、若干震える声で此処までの経緯を話した。
「ふぅん」
話し終えると、青年は静かに目を閉じた。何か考え事でもしているのだろうか?
「やっぱりそうだったか。これは、面白い。なんで、いつもこうも上手く行くんだろうな」
含み笑いでそう言った。謎に包まれ過ぎた言葉に、僕はなんと返していいのか分からない。
ふと、笑っている青年の髪から覗く目が、こちらを見つめた。黒の右目に、本来映る筈の僕はいない。
「随分不思議そうだね。まあ、流石にこれだけじゃ分かんないか。じゃあ、僕からヒントをあげるよ。僕は、君の記憶の一部を持ってる。いや、君の方が一部というべきか……」
何を言っているんだ、彼は?僕の記憶が一部?そんなこと、まるで僕が、彼から記憶を一部抜き取ったみたいじゃないか。
「じゃあ、君が知りたい僕の記憶だけど。僕の記憶は、生まれた時からちゃんとある。だが、僕には此処に来るまでの記憶がないんだ。気が付いたら此処にいた。でも、すぐに何が起きたかは分かった。だから、君が来ることも分かったんだ。僕の話は此処まで。これで少しは、君も分かったんじゃないのかい?」
……いいや、僕には分からない。彼はつまり、記憶はしっかりある。そして、僕とは反対に無いのは今日の記憶だけ……。だから、此処に来た過程は知らなくとも、此処に来た理由は知っている……ということか。それなら、昨日の僕は、此処に僕が来た理由を知っているということだ。いや、ちょっと待てよ……何故彼は、僕の記憶を持っている?まず、そこからおかしいじゃないか。僕の記憶は、僕一人のものだ。それなのに、他人が、しかも初対面の人が知っているなんて、摩訶不思議としか言いようがない。これは一体、どうなっているんだ?
僕は、混乱していた。何がなんだか考える度に、どんどん意味が分からなくなってくる。
「分かったかい?」
彼の問いに、僕は答えを渋った。なんと言えばいいのだろう?分かりません、とは言える雰囲気ではない。そんなこと言ったら、馬鹿にされそうな気がした。
「少し……だけ」
「分かっていないね」
一瞬で見抜かれてしまった。
「まあ、別に怒ったり笑ったりなんかはしないさ。ただ、そろそろ気付いて欲しいな。僕と君の記憶の話をするということは、僕と君の関係についての話だということに。」
僕と彼の関係?初対面じゃないのか?どこかで会っている?
……いや、何かが可笑しい。何処か引っかかる。彼は、僕の記憶を持っていて、僕はその一部を持っていて……。ん?僕の持っている記憶の一部は、彼が持っていない記憶の一部なのではないだろうか?ということは……。
「僕と……君の記憶を合わせると、一つの僕の記憶が出来上がる……?」
「その通り。君の記憶は、僕と君の記憶を合わせて、初めて完成するんだ」
そうだったのか……。一つ謎が解けた気がした。しかし、それと同時にもう一つ疑問が浮かび上がる。何故彼が、僕の記憶を持っているのか、ということだ。
だが、僕はこの時そのことについて深く考えようとしなかった。そうしておけば良かったと気付くのは、もう少し先の話。




