館
どれくらい歩いただろうか?霧はどんどん深くなり、虫の音一つ聞こえない。いや、そもそもの話、ここに生物などいるのだろうか?
もう、どのくらい此処にいるのか分からない。ずっと歩いている所為で、そろそろ足も疲れてきた。
僕は、太い木を見つけると、そこに背を預けた。どこかで休憩しようと思っても、この近くに休む場所は、見渡す限りない。もう、探す気も失せてしまった。
今夜は、夜通しかな……。
深い溜め息を吐いて、僕は再び歩き始めた。しかし、足は目覚めたときより重くなり、軽かったはずのリュックは、今は下ろしたくなるほど邪魔な存在となっている。疲れがどっと出て来るのと同時に、眠気も襲ってくる。ふらふらとよろけながら、瞼を閉じそうになった時だった。
急に、僕の周りを取り囲んでいた霧が晴れた。前方の道路や両脇の木々が、はっきりと姿を現す。しかし、この森の不気味な雰囲気までは、流石に晴れなかった。
その不気味さは、道の奧へ進むたびに強くなっていく気がした。僕は、怖さは多少あったものの、好奇心を抑えられずに奧へと進んだ。
そこで僕は、思わず立ち止まった。
僕の前には、大きな古びた洋館が建っていた。いかにも幽霊が出そうな、今までの不気味な雰囲気の発生源のように感じられる建物だった。しかし、真っ暗かと思いきや、灯りが点いた部屋が見えた。誰かいるのかもしれない。この建物以外には、何も見当たらなかったので、僕は今夜はそこに泊めて貰えるように頼んでみることにした。
黒い蔓のような門をそっと開けて、中へ入る。庭は、街にある一般的な公園と同じくらいの広さで割と広いが、植えてある木が黒々とした色をしていて、不気味なことこの上ない。
ドアの目の前に立った。トントンと軽くノックすると、僕が何かを言う前にドアが一人でに開いた。ギーッと木の軋む音が、ホラー映画の洋館を連想させる。足が竦み、ガタガタと震えそうになったが、此処まで来た以上、野宿なんて考えを掘り起こす気にもなれず、僕は館の中に足を踏み入れた。
中は、生活感の欠片もなかった。ロビーと思われるドアの前の部屋は、電気がついていなかった。床やカーペットは埃っぽく、カーテンは外れかかっている。
やっぱり、誰もいなかったのだろうか? 電気がついたのは、故障でもしたからなのだろうか?
僕は、埃に顔を顰めながら奧の部屋も覗いてみた。しかし、さっきは確かに灯りが点いていたはずの部屋も、暗闇に塗りつぶされていた。
見間違いだったのかと引き返そうとしたとき、チラリと奧の方に灯りが見えた。少し此処からは離れた別館のようで、この部屋の窓からしか見えなかったが、その部屋の大体を見ることが出来た。
別館は、ダンスパーティーの会場のような、物が少なく大きく動ける円筒状の部屋だった。円の半分は窓になっていて、中の様子がよく見える。もう半円は、天井まで届きそうな程高い本棚が並んでいる。
その部屋の円の中心に、黒い人影が見えた。遠くて細かいところまでは見えないが、黒い短髪に、黒いスーツを着ているところからして、恐らく男だろう。
よかった、人がいた……。
独りではなかったことへの安堵で、僕はその場に座り込みそうになった。だが、此処にいては安心とは言い切れない。男のところへ行って、この状況について知っていることを教えて貰うのが、今やるべきことだ。
僕は、力が抜けかけた足に鞭打って、洋館から出ようとした。
しかし、ホラー映画に出て来そうな洋館から、僕は想像するべきだった。――ドアが、開かないのだ。ガチャガチャと何回も引っ張るが、当然ドアは固く閉ざされたままだ。外へ行けなければ、別館へ行くことも男に会うことすら叶わない。その思考が、僕を焦らせた。引っ張って駄目なら、押してみて、それでも駄目なら横に引いてみるという、無謀なことすらした。そんな僕の努力も虚しく、ドアは開かない。ドア自体が、僕の行く手を阻もうとしているように感じる。静まり返った部屋には、焦りと緊張で息切れした僕の吐息だけが大きく木霊した。
このままでは駄目だ。ドアは、どんなに頑張っても僕の今の思考では、永遠に開く気がしなかった。何か別の方法を考えるしかない。
僕は部屋を見渡して、所々に窓があるのを見つけた。鍵が掛かっていることはなんとなく予想していたが、やはり洋館が古いのか、鍵の部分が錆びてまったく動かず、窓も開けることが出来ない。
完全に閉じ込められた……。頭の中で「どうしよう」という言葉だけが、ぐるぐると回る。
――いや、まだある。僕は、奧の部屋に向かって歩き出した。最後の望みは、奧の部屋から別館の方まで行けないか、ということだった。別館とはいえ、渡り廊下などの通路があれば、こっちの部屋の中からでも行くことが出来るはずだ。果たして、一番奥の部屋のドアを開けると、そこはさっき見た別館へ続く通路が続いていた。
よし、と心の中でガッツポーズをすると、僕は薄暗い通路を進んで行った。
数分で、目的地には着いた。今、僕の目の前には、木製のドアとその両側に灯るランプがある。この奧には、絶対別館があるはずだ。僕は、冷たい金属の取っ手を掴んで、体重を前に掛けてドアを開けた。




