タイトル未定2026/06/17 06:00
ある日の診療所の、午後の休憩時間。
昼ご飯を食べた後、マスターは二階の部屋に行って、ベッドで仮眠を取っていた。
設定をしていた、携帯のアラームで起きて、マスターは起き出し階段を降りた。
キッチンに行くと、流し台で洗い物をしていたまちこに呼び止められた。
「リビングに、旦那様と旦那様のご友人の朝倉様が見えています。今は、リビングに行かない方が良いかと」
「朝倉さんが?頃合いを見て、朝倉さんに挨拶をします」
「そうしてください」
マスターは、キッチンのテーブル席に座った。
リビングのソファーで、院長の麻生は同じ医師であり、学生時代からの友人の朝倉とテーブルを挟んで、向き合っていた。
以前朝倉は、離婚をして家に出戻っていた娘のしのぶの見合いを麻生にお願いをした。
嫌々ながらマスターは、大門を連れてお見合いの場に行った。
マスターの気持ちを思い、しのぶ自ら身を引いた。
お見合い後、数年ぶりに朝倉と再会をした麻生は、朝倉に聞いた。
「しのぶさんは、その後どうだ?」
「相変わらず、独身だよ」
「息子が見合いの席に、養子に引き取った子供を連れてきたりして。しのぶさんには、不愉快な思いをさせてしまった。すまなかった」
「いやいや、しのぶは子供ができない身体だからこそ、敢えて子供を育てている七海君と会わせたんだ。大門君を見て、現実を知ったんだろう」
「そう言ってくれると、救われる」
「麻生らしくないな」
そう言った朝倉は笑いながら、麻生に聞いてきた。
「それこそ、七海君はどうだ?もう、結婚しているのか?」
「いつまでも、独り者だよ」
麻生がそう言った後、キッチンにいたマスターはリビングに行き、朝倉に挨拶をした。
「こんにちは」
「おぉ、七海君。こんにちは。以前より、逞しくなったんじゃないか」
マスターの身体を見て、朝倉が言った。
「急に、自転車通勤をしたり、何を考えているんだか」
麻生は、呆れたように言った。
「自転車通勤?健康的で良いじゃないか。麻生から、まだ独り身だと聞いたけど」
「大門を育てているのと、仕事で精一杯です」
そう言ったマスターは、さりげなくキッチンの流し台にいた、家政婦のまちこの側に行った。
そんなマスターを見届けてから、朝倉が言った。
「七海君逞しくなって、あれじゃあ女性達が放っておかないだろう。彼女がいても、おかしくないな」
「息子に、彼女……?」
麻生はマスターを、小バカにするように小さく笑った。
流し台に逃げ込んだマスターは、まちこに言った。
「おやじと朝倉さんがリビングにいることを、おまちさんが教えてくれたから助かりました」
「そうよ。私に、感謝してよ」
まちこは、いたずらっぽく言った。
「旦那様に、流花ちゃんのことを言わないんですか?」
「えっ?」
「流花ちゃんと言う彼女がいると言うことを、教えないんですか?」
「教える必要なんてありません」
きっぱりマスターが言うと、まちこはため息をついた。
「どうしてそんなに、頑ななの。坊っちゃんが言わないなら、私から
直接旦那様に言おうかしら」
「おまちさん!」
マスターに睨まれたまちこは、ため息まじりに言った。
「……もう、この親子は、昔から頑固者ね」
「頑固者……?おやじと一緒にしないでください」
「坊っちゃんは自覚がないみたいだけど、旦那様と坊っちゃんは似たもの親子よ。これじゃあ、流花ちゃんが苦労するわ」
「おまちさん、冗談はやめてください」
マスターは逃げるように、キッチンを出て行った。
……頑固なところは、旦那様にそっくりよ。
まちこは、胸の中でつぶやいた。
給食が終わった昼休み、教室で机の椅子に座っていた大門と游太はのんびり過ごしていた。
外は風がないものの、ひんやりしていた。
游太は少し遠慮がちに、大門に聞いてきた。
「大門君に、お姉ちゃんがいたよね」
「お姉ちゃん……?あっ、流花お姉ちゃんのことかな?」
「そう、そう。流花お姉ちゃん。流花お姉ちゃんに、会ってみたいなぁ」
「七海と流花お姉ちゃんと三人でよく出かけたけど、僕が小学校に入ってから会っていないなぁ」
「会っていないの?」
「うん。流花お姉ちゃんに、会いたいなぁ」
大門と游太は、冬の寒空を見上げていた。




