第6話 元天才の終焉
身体強化。
レオンは思わず身を竦めて目をつぶった。
ーが、何も、無かった。
「ん?」
いや、気持ち悪さが、無くなっていた。
目を開ければ、至近距離のイクスと視線があう。
「吐き気は」
「ありません」
「ゆっくり立ってください」
イクスに支えられながら自分の足で立つ。
「不快感は」
「ありません。え、何これ、すごい!」
レオンはぴょんぴょんその場ではねた。
船が揺れる度にこみあげた目眩がない。
胃の不快感もない。
「イクス、俺たちまだ、何も打ち合わせしてないよな!?」
「…あんたの付与術師のジョブ記号と、貧弱さにあわせたやつを組み立てただけですよ。誰でもできます、このくらいのバフ」
加速範列型の付与術は、ジョブや肉体などを記号としてとらえ、それらをコードの上でかけあわせて複雑なバフを瞬時に練り上げる。
「でも、俺のジョブは分かってても俺の体の構造はまだ見てないから簡単にはかけ算できないじゃん」
「難しいのは『強くする』方。『立て直す』なら、弱り具合で大体の具合は掴めます」
ほう、と感心してレオンはイクスを見つめた。
「いや、そこまで使い分けられるやつ、いないと思う。『強化』と『立て直す』の差異を作れること自体がもうすごい」
イクスの周囲には、まだ術を使ったときの余韻の白い光の粒子がただよっていた。
ー精霊の、力の残滓。
魔術や付与術は、『精霊』の要素を用いて現象を起こす術だ。
夜の訪れの藍色の中に溶けていくそれをレオンはじっと見つめる。
(…ちゃんと精霊、なんだよな)
『反発』は無かった。
それに、戸惑っていた。
淡い光の残滓の中で、レオンの精霊がぴよぴよする。
ふよふよというかこいつはいっつもぴよぴよする。
レオンは光を見つめる。
ぴよぴよ。
「分かったよ。話すよ」
イクスが不思議そうに見つめてきた。
「レオンさん?」
「聞いてくれる?俺の出ていった理由」
◆◆◆
レオンは思い出す。
『咆哮する種』は、『深層の魔物の不穏な動きの確認』ギルドの緊急クエストに、他のパーティとの合同討伐という形で参加することになった。
そこで戦闘が起きた。
ダンジョンなら当たり前のことだ。
(よし、現地の精霊の象徴体系は掴んだ!『風の捻りあげる舞踏』、か)
レオンは他の付与術士のタイミングを待つ。
『咆哮する種』のみなら直接バフをかける。
が、複数パーティで動くときは、他のパーティでバフが発生したときに、そこにバフに更に意味づけする『接尾付与』を使うようにしていた。
「統辞構築、選択完了!展開します」
「ー連鎖開始」
あらゆるところで付与術師たちが声をあげ、合図しあう。
事前の打ち合わせ通りの流れ。
それを確認し、レオンも付与術を展開する。
「『捻り上げる風の舞踏』、接尾付与ー」
その瞬間、誰かが割って入った。
「はいっ!せつぞーく!」
(打ち合わせにないやつがいる!?)
笑い声。
「よっしゃあ!演算開始ィ!ーあえ?」
そして、世界が歪んだ。
『ー?ー☆?』
精霊の言葉が、ブレた。
一瞬後、音が戻ってきた。
「ーおい!接続切れ、そこの付与術師!」
怒鳴り声。
自分に向けられたものと理解して、レオンはあわてて術式を解く。
魔物との激突の中、急に割り込んできたその付与術師が、レオンに向かって叫んだ。
「平等なリソースにお前だけのコードつっこむなよ!俺のバフ演算が狂うだろうが!気取ってんじゃねえよ!」
◆◆◆
レオンは肩をすくめた。
「統辞構築型と連鎖構築型とは相性よかったんだけどさ」
どちらも、付与術の伝統的なメジャーなスタイルだ。
統辞構築型は、パターンごとに、事前に作っておいた独自の付与構文を付与する。
連鎖構築型は、一人を起点に、特定のバフを規定したものたちに連鎖させる。
「でもさ、加速範列型はあらゆる精霊に共通の基底下部コードを使ってリアルタイムに加護を選択し続けるだろ。俺の精霊統辞法は精霊の個を優先するから、その可変性を奪っちゃったんだ」
加速範列型が発明され、最近少しずつその使い手があらわれはじめた。
あの合同討伐が、レオンの初めての加速範列型とのバッティングだった。
イクスが息をのんで、見つめてくる。
「…それで、どうなったんですか?」
「一時連携は乱れたけど、死傷者等はなく無事に帰還。で、例の加速範列型のやつは、ダンジョン潜行のときにどさくさにまぎれてもぐりこんできたらしい。『俺の力を試すため』だと。ま、そういう事情もあったから俺も取り立ててペナルティとかはなし」
レオンは空をみあげた。
話しているうちに、世界は夜にそまって、星々が輝き始めていた。
「…で、まあ、あれから加速範列型の術師に協力してもらって試してみたんだけど。何度やっても、加速範列型は、精霊統辞法とエラーを起こした。だめだった」
「…あの。それじゃあ、巷じゃレオンさんに失態があって追放されたってことになってるけど、どう考えてもおかしいです。だって、勝手に合流したその付与術士が悪いのに!」
「こうなる前に加速範列型とあわせてどうなるか調べてなかった俺にも非があるよ。他の付与術と何ともなかったから大丈夫だろう、ってたかをくくってた。…俺は、終わったんだよ。付与術師として」
レオンは笑った。
「俺はね、演算力と座標指定がクソだからね。そもそも統辞構築型とかにすら手が届かない。全部精霊だより、だ」
◆◆◆
自嘲する『加護の再来』を、イクスはじっと見つめた。
こいつについてくれば、『ひしめく爪』を見返してやれる何かが手に入ると思った。
でも、今思っているのは、そういうことではない。
(俺は加速範列型を使える。でも、この人は、この人の話が本当ならー)
レオンは付与術師としてこれからやっていくのは難しいだろう。
ーいや。
(統辞構築型や連鎖構築型だってなくなるわけじゃない。加速範列型はあくまで新しいタイプなだけであって、前者二つの出番がなくなるということはないはずだ)
実際にどんな魔物と相対するか、どんなパーティ編成を行うかによってもどんな付与術が適しているかは変わる。
安定的なバフなら統辞構築型がいいだろうし、全体に一気に共通のバフを走らせるなら連鎖構築型というふうに使い分けられる。そうすれば、接尾付与も生きる。
そこまで考えて、イクスはふと気づいた。
(この人は、折れたんだ)
レオン自身に話を聞く前に、色々な噂を聞いていた。
落ちた元天才。
誰ともあわせる気のない傲慢な付与術師。
時代遅れ。
まともに聞いていたわけではないがーそれでも鵜呑みにして、『いけ好かない奴なんだろう』と勝手に思っていた。
自分自身にも嫌気がさす。
(どれだけ改善策があったって、あれだけ言われて、折れない人なんていない)
イクスは上げかけた拳を下した。
気まずい沈黙を破るように、レオンが声をかけてきた。
「なあなあ!俺がどうして精霊統辞法身に着けたか知りたくない?」
「え?」
急な調子の変化にイクスは戸惑う。
「えっと、知りたいですけど…」
「知りたいのか。じゃあしゃあない」
自分で振ってきたくせに、偉そうに元天才は腕を組んでふんぞりかえった。
「冒険者を夢見た恥知らずなある少年の話」




