第4話 出航
タラップを上って船へ。
すぐには船室には入らず、とりあえず甲板へ向かった。
「おー」
レオンは甲板の手すりから身を乗り出して感嘆の声をあげていた。
「船、思ったよりでっかいなあ」
イクスも隣に並んだ。
思ったよりも、地上が下にあってちょっと驚く。
「でっかいですね」
別の陸へ行く船なのだ。
長期航海になるし、当然と言えば当然なのだが、こういうのに乗る機会はめったにない。
(…何とかやりくりしないと)
この船にのる旅券を買うために、結構お財布からはお金がとんでいった。
もう後にはひけない。
イクスはちらりとレオンを横目で見る。
レオンは桟橋から船を眺めている人々に無邪気に手を振っていた。
「知合いですか?」
「いや、全然知らない」
(なんだこの人)
「それでは出航しまーす」
船の内部から、風魔法を使った音響具によるアナウンスが流れる。
「いってきまーす!」
知らないひとに元気にまたレオンが手を振る。
「おにいちゃんたちー!元気でねー!!」
知らない子どもが、桟橋から声をはりあげて見送ってくれた。
船が、汽笛を鳴らす。
そして、陸をーはなれはじめる。
遠ざかる岸辺を眺めながら、イクスは、高揚し始めている自分に気づいた。
(俺、…わくわくしてる?)
船に乗ったことはあるが、こうして海をまたぐ航海は初めてだ。
子どもが名残惜しそうに、桟橋の端ぎりぎりまできて、飛び跳ねながらまだ手を振っていた。
イクスも、苦笑いしてー手を振り返した。
◆◆◆
-30分後。
「ぐべえええええ」
元天才は、海に撒き餌(意味深)をしていた。
「あんた、それでも『咆哮する種』のメンバーだったんですか!?」
「みんな優しかったから…」
撒き餌が一区切りついたところで、レオンが顔をあげた。
真っ青だ。
歯をかちかち鳴らしながら震える声で、
「ほ、ほら。これも世界の循環だよ。自然と人工、ゲロと海。精霊っていうのは流れであってだね」
「そういう話はいいから!あんた、自分に身体強化バフかけられないんですか?」
「下準備をしていなかったもので」
「準備って何?あーもー、とりあえず俺、水もらってきます!」
◆◆◆
ひととおり吐いて落ち着いたレオンは、ずるずると船の壁に背をもたせかけて崩れ落ちた。
視界の端で光がまたたく。
「え?なんか嬉しそうだね、お前も」
何を言っているかはわからないが、まあ何となくわかる。
そういう相棒。
「いきなりかっこ悪いとこみせちゃった。…でも嬉しいなあ、一緒に来てくれる人がいるって…」
ぼーっと空をながめる。
雲が、なんだか近いような気がした。
空と海が陸に遮られずに続いているように感じられるからだろうか。
「俺さ。パーティを抜けるって言って、隠れ陸に行こうって思って」
誰にともなく、虚空につぶやく。
「いろいろ寂しかったけど…ここからが俺の新しい始まりなんだ!って。わくわくしてた」
光をみあげる。
光はふよふよとただよっていた。
「でもさ。これからを考えたくないから逃げてる気もしてて…いやまあ、そうなんだけど」
レオンは空に手を伸ばした。
光が、その掌のまわりを舞う。
「イクスが来て、一緒に行くことになって、すごくうれしかったんだ。今、俺、あの時よりもっとすんごいわくわくしてる!」
ーただ。
「…でも、幻滅されるのが、…ちょっと怖いかなあ」
元天才。
加護の再来。
そうやっていろいろ言われてきた。
だが、今の自分はもうー
その時。
「ぴゃっ!?」
◆◆◆
「はい、こちらどうぞ。苦レモン入りの水です。船酔いにも吐いた後の補給にもききますよ」
「ありがとうございます」
イクスが事情を話すと、船酔い客対策に常備されているらしい、専用調合された水の入った瓶をくれた。
「薬以外の口に入るものも、結構ばかにならないですからね」
ポーションは治療できる範囲の広い薬として知られているが、船酔いとかそういう、バッドステータスでもないものにまで使うものではない。
その時その時、最適な治療というものは異なるものだ。
「イクスさんはすごく身体を大事にしていらっしゃるのですな」
船員が感心したようにうなずいた。
『イクスはいっつも俺たちの身体にあった無理ないバフ、いいタイミングでかけてくれるよな』
グラノスの声が、耳の底でよみがえる。
「イクスさん?」
「…いや、何でもないです」
◆◆◆
甲板に戻るとー
「何があったんですか」
何故か、レオンはー髪が焦げてアフロになっていた。
レオンが苦笑いする。
「いいや。叱られてただけ」
「何に!?こんなとこまでふざけないでくださいよ!ああもう、見せてください」
イクスはレオンの手をひっつかんだ。
怪我の状態などを確認する。
やけど等があれば、そちらを先に治療した方がいい。
ーが。
「なんでやけどしてるのにやけどしてないんですか?いや自分でも言ってる意味わかんないけど!」
「属性攻撃じゃなかったからね、俺がくらったの」
レオンが視線で上の方をしめした。
イクスがそれにつられてみた先、ふよふよと浮く金色の光。
「俺の、精霊」
「これって…」
聞いたことはあった。
レオン=レクシェノールの付与術式は、体系化されたものではなく、精霊そのものの言葉を使っているのだ、と。
「俺の付与術は精霊統辞法ってやつ。『意味』を与えるバフ、だ」
「…『意味』を与える…?」
「あ、先に水飲んでいい?」




