第19話 痛み
一口一口が、身体にしみいる。
磯の香りがしながらも、根菜のような不思議な味わいのモグラ魚が、口の中でほろほろとほどける。
「…おいし…」
「そう?よかったわ」
「お代わり…」
涙と鼻水をこらえられないまま、レオンはお椀を差し出した。
レオネルネがそれを受け取って、新しくよそってくれる。
「おう、腹が減るってことは元気出てきたってことだな!」
「み”ん”な”やさしいから…」
「お前、あんま泣きながら食べると喉に詰まるぞ」
「ふぁい」
レオンはくしゃくしゃの顔で笑った。
ロヴァールが苦笑いしながらティッシュをくれる。
思いっきり鼻をちんして、レオネルネが差し出してくれたお代わりがはいったお椀を受け取った。
「ま、お前さんは付与術のルーツをたどりに来たっていう割には結構思いつめた顔してたよな。何があったんだ?」
レオンは小さく息を吐く。
「…実はー」
合同討伐の事件。
『咆哮する種』を脱退したこと。
イクスとの出会い。
少しずつ、かみしめるように話した。
話していくうちに、シチューの温かさとともに、何かがほぐれていく。
「なるほど、加速範列型との衝突、ねえ」
ロヴァールが嘆息した。
ぽん、とレオンの頭に手をのせてきた。
「お前、がんばったな。冒険者ってのはよくも悪くもすぐ囃し立てる」
「…!」
「つらかったろう。がんばったな」
レオンは目を見開いた。
「……うん、辛かった」
「よくここまで来た。えらいえらい」
まるで父親のように、ロヴァールはレオンの頭にぽんぽんと触れる。
ーその時。
「ぴゃっ!?」
稲光が走った。
いつもの雷の意味。
レオンの頭は、アフロになっていた。
「えっ、ちょっ、何だ今の!?」
「あー…俺の、精霊、です」
しばらく姿を見せていなかったあの光が、いつの間にかレオンの傍でぴよぴよしていた。
レオネルネはアフロと光を見てー
「あら、かわいい!」
「おい、レオネルネ。これかわいいの?これかわいいのか?やけどだぞ?」
「やけどじゃないわよ。『加護』」
「焼かれるのが加護なのか?」
「関係の、加護。『加護』は、必ず益があるものじゃないのよ、ロヴァール」
レオネルネが立ち上がった。
レオンのところまできて、膝をつく。
彼女がそっと手を伸ばすと、光は招かれるようにその手の上で舞った。
レオンはぴよぴよしている相棒をじっと見つめる。
なんだか、少し元気になったように見えた。
「…俺の精霊。ダムダムさんに、『それは精霊じゃない』って言われたんだ。…まだ、何にもなってない、命になってないって…」
話しているうちに、じわじわと腹がたってきた。
「ちゃんと精霊で、俺の相棒なのに」
レオネルネが、慈しむように微笑んだ。
「ダムダムは気難しいし、言葉少なだから。厳しいこともいうけどね、嫌ってるわけではないの。危ないから、あなたを土地に入れなかったのよ」
光はレオネルネの掌の上ではねている。
レオンには、母親に甘える子どものようにも見えた。
「危ない?」
「この子はね、未分化なの。トーテムは『手に負えないもの』だから。オオカミの土地に踏み込んだりしたら、オオカミのトーテムが『命にしてあげよう』って善意で働きかけて、とんでもないことになってたかもね」
「……」
「よちよち歩きの子をみたら助けてあげたいって思っちゃうのよ」
「えっと…それじゃ…あ…」
レオンはレオネルネの手のうえで跳ねている光を見た。
(ここにいるのも危ないのでは)
レオンの視線を追って、レオネルネが、指先で光をつつく。
「トカゲのトーテムはオオカミみたいに性急じゃないの。それに、私やロヴァールは『皮膚』、つまり境界を守る器官の役割だから。怖がらなくても大丈夫よ」
◆◆◆
(どうしよう。レオンさん置いてきちゃった)
ダムダムに引きずられるまま歩くこと1時間ほど。
「…っ、あの、ついたんですか?」
ようやくダムダムに手をはなされて、イクスは膝に手をついた。
何とか呼吸を整える。
(歩くの、はやすぎっ)
強化バフなしでの長距離をハイペース行軍。
基礎体力には自信があるが、ダムダムのスペックは段違いだ。
「疲れたか」
「疲れました」
全く息を切らせずに問いかけてくるダムダムをイクスは睨みつけた。
投げやりにかえす。
(こいつ、なんなんだ)
レオンの話もろくに聞かず、レオンが拒絶される理由もろくに話さずに無理やり連れてこられた。
(…レオンさん、大丈夫だろうか)
別れ際のレオンの表情を思い出す。
あんな顔で一人にしてしまったことが歯がゆい。
「そうか。疲れたか。では俺の背中に乗るか?」
「いや、結構です」
「そうか。ではゆっくりいこう。もう近いのでな」
(もう近いって、どのくらいなんだろう)
これまでのダムダムの移動速度から考えると、『近い』の概念はだいぶ自分とずれているかもしれない。
「このあたりの道はな。鹿のクランのものが住む道だから、縄張りも近い」
「『道』に住む?」
「鹿は森でも山でも住む。あらゆる道を行き、あらゆる基礎を作る。だから、鹿が住む道は、あらゆる生き物のねぐらに通じている」
(…じゃあ、鹿のクランの人はどうやって暮らしてるんだ)
イクスは足元をみた。
確かに、ダムダムに引きずられていた時よりも、地面は歩きやすくなっていた。
「俺が引っ張らなくても歩きやすくなっただろう」
「…そういうのは早く言ってくださいよ」
◆◆◆
歩くこと約30分。
木々が途切れて、開けた場所に出た。
「…これは」
イクスは目を見開いた。
視界に広がるのはまばらに木々が生えている草原。
そこに、石造りの家があちこちにたっていた。
イクスの頬を、風がなでる。
吹き渡る風が草原を揺らし、白い塗料で不思議な文様がかきこまれた岩が、まるで何かの目印のように突きだしている。
少し前までいたゲート街とは全く違う。
陸から陸へ移動してきたときにも驚いたが、更にまた違うものを見て、抱いていた隠れ陸のイメージがぐらつきそうになる。
「ここはゲート街に一番近いオオカミの巣であり縄張りだ。オオカミは走る。が、必ず帰る場所がある」
ダムダムが、岩の一つを指さす。
「肉球に刺さるあの岩が目印だ。痛む場所は、オオカミが痛みを分かち合う場所になる」
「痛みが?」
「そう。痛みのない狩りはない。痛みのない戦いもない。祖は痛みなくして縄張りを勝ち得ることはできないと我々にいう」
ダムダムが再び歩き始める。
「今の時間は多くが狩りに出払っている。先にお前を歓迎する家に案内しよう、イクス殿」
イクスは足を止めた。
後ろを振り返る。
(…本当に、遠くまで来てしまったな)
それから、前を見た。
突き立つ岩の数々。
痛み。
(あの人の痛みは、誰が拾ってくれるんだ。あんな顔でひとりぼっちで、帰る場所なんてあるのか)




