第18話 鱗鍋
しばらく、レオンは動けずにいた。
イクスの声は遠ざかり、やがて聞こえなくる。
「…あーあ」
どさ、とさっきの木箱に、レオンは落ちるように腰を下ろした。
「…なーにがダメだったんだろ」
両手で精霊杖を握りしめて、レオンはうつむいた。
気合を入れて巻いた布と、宝物のチャームが、視界の端で力なく揺れる。
(…あいつ、大丈夫かな?)
へこたれそうになったらいつも雷を落としてくる光は、なぜか何もしてこない。
「…あーあ」
ずっと憧れていた場所に、拒否された。
大陸でも後ろ指を指されて、逃げるように旅に出た。
イクスと知り合って、勇気がもらえた。
新しい始まりだ、と思っていた、のに。
(こういうやつだから、俺はダメなのかなあ)
イクスだけが、隠れ陸に認められた。
(いやいやだめだ。落ち込んでたらだめだ)
レオンは気分を切り替えるように、首を振る。
「…あの、ロヴァールさん。こっちにも冒険者銀行ってありますか?」
「まあ、ないことはないが。どうするつもりだい?」
「イクスが帰ってくるまで、俺、宿、取ってまってないと」
ロヴァールが、顎に手をやって少し何かを考えるそぶりを見せる。
「じゃあ、うちに泊まりに来な」
あっけらかんとした声に、レオンは目をしばたたかせた。
ロヴァールが笑いながら、手を差し伸べてくる。
「ゲート街の大陸人向けの宿はぼったくりばっかりだぞ。それに、アンタ死にそうな顔してるし」
ダムダムがイクスにしたように、ロヴァールが勝手にレオンの手をつかんできた。
だが、ロヴァールのそれは、レオンのよく知る、冒険者が仲間を助け起こすときの優しい握力だ。
「うちはな、アイツ以外にも結構現地人が遊びに来るんだ。いろいろ話聞けるだろ。ここまで来たのに、引きこもってるのはもったいないぜ」
「えっと、その…じゃあ、一回銀行行って、お金…」
「いらねえよ。こっちじゃ、金で交換しようとしたら得られないもんがいっぱいある」
◆◆◆
「よーし今日はこれで終わり」
外に出たロヴァールは、冒険者ギルドのドアプレートをひっくり返した。
『おわり』
現地語でそう書かれている。
「…なんか、悪いです」
「いいんだよ、気にすんな」
戸締りをしたロヴァールがレオンの方を向く。
「今の死にそうなお前ほど優先しなきゃいけないもんはないよ。俺はギルドマスター、冒険者の面倒を見るのが仕事だ」
豪快に笑いながら、手を引いてきた。
「ほら、行くぞ。うちのカミさんの飯はうまいぞお。家はぼろいけどな!」
◆◆◆
ー家は、冒険者ギルドの裏にあった。
ギルドの建物を遮蔽にして、うまく日差しを遮る形でたっている。
「トカゲクランは涼しいところに家を作るんだよ。俺のカミさんも暑がりでな。職場も近いし涼しい。いい立地だろ?」
レオンは顔をあげた。
じりじり焼かれそうな大通りとは違って、空気はぬるいが、風通しもよく、涼しい。
「そうですね。うん、住みやすそう」
「はは。だろう?むかーし、大陸のギルド本部からはギルドマスターらしいもっと立派な家を用意してやるって言われたんだけどな、俺はシンプルが好きなんだ」
ロヴァールは入口に幾重にもたらされている布を持ち上げた。
陽気に声をかける。
「おーい、帰ったぞー」
「あらー、おかえりなさい!!」
ぱたぱたと小走りの足音。
薄暗い布の向こうに見えたのは、あおぐろい髪の小柄な女性だ。
女性に、ロヴァールが目でレオンを示した。
「こいつはレオン。しばらく泊まってくぞ」
「あらー!大陸の方?」
女性が両手を打ち合わせて、ぱっと顔を輝かせる。
ロヴァールはレオンの背中を叩きながら、
「そう。ダムダムにきっついこといわれてしょんぼりしてるから、おいしいモン食わせてやってくれ」
女性が快活にわらった。
流暢な大陸語で、
「どうぞ入って入って。トカゲクランはね、無駄に厳しいオオカミとは違って、鱗が冷たくてとっても優しいの。私はレオネルネ。器官は『境目』の皮膚。よろしくね。ほら、入って。煮込みが煮詰まっちゃう」
◆◆◆
靴を脱いで屋内にあがった。
ロヴァールの家はトカゲクラン式のようだ。
家の中は涼しかった。
熱さに焼かれた皮膚に優しい風が吹き抜けていく。
壁や天井にはところどころ四角い穴があけられていて、ガラスの代わりに目の粗いタペストリーで遮られている。
天井から差し込む光が、人と獣の神話の一幕を思わせる文様を、床に落としていた。
(…『野生の魔術』で、トカゲクランの文化については知ってた。でも、実際に見るのは、やっぱり違う)
トカゲが地を這う画。
レオンは少し戸惑った。
その上を歩くのはちょっとはばかられる。
ーかと思いきや、レオネルネはなんのためらいもなくその文様を踏んで歩いていく。
「え、いいの!?」
「神話の影の上に命があるの。むしろ自分の足で踏みしめるべきなのよ」
「足で?」
レオネルネが笑う。
「そう、足で」
レオネルネが足を持ち上げた。
風でタペストリーが揺れて、影のトカゲはさっきとは違うところを這っている。
それを、慈しむようにレオネルネが視線を向ける。
「祖が巡る体だもの。踏みしめて足跡を伝えることは、祖に『ここにいる』とつたえること。そして、祖が巡る道を作ることでもあるの」
◆◆◆
「じゃあ、ここで待っていて。すぐにお昼、できるからね」
レオネルネに案内された部屋は、一番光が降り注ぐ部屋だ。
部屋の中心には小さな灰がしきつめられた丸いくぼみがあり、そこから放射状に線が伸びていて、円座がそれにそって規則正しく並べられていた。
先にロヴァールが、その円座のひとつに座っていた。
「ほら。こっち座れ」
手招きされて、ロヴァールの傍の円座に、レオンも座る。
ロヴァールは片膝をたてて、のんびりと座っている。
大陸でやったら『はしたない!』と言われる奴だ。
「…こう?」
少し考えて、レオンも真似した。
「いいぞ。ここじゃ客人はかしこまる方が無礼だからな」
ロヴァールがからからと笑う。
気が付けば、レオンもつられて笑っていた。
(…この人にあえて、本当によかった)
大陸と隠れ陸の境界にいるロヴァール。
彼がいてくれなければ、今頃、全部終わったのだと絶望していただろう。
あの時、ロヴァールが差し出してくれた手はー
『パーティに入ってくれ、レオン!』
『咆哮する種』に誘ってくれた、ジェノンの手を思い出させた。
(…ジェノンたち。心配、してるだろうな)
皆の顔が浮かんだ。
うなずく。
(大丈夫だ、みんな。助けてくれる人がいて、俺はまだ、立ってるよ)
さっきまでへこたれていたが、こうして手を引っ張ってたたせてくれる人がいる。
(だから、大丈夫だ)
ややして、いいにおいが漂ってきた。
「はーい。今日はモグラ魚と鱗芋のシチューです」
レオネルネがミトンをした両手で、鍋を運んできた。
「よっこらせ」
ロヴァールが立ち上がり、部屋の隅にいく。
そこから何かを取ってきて、部屋の中心の灰が敷き詰められているところにおいた。
鍋を乗せるための台座のようなものらしい。
そこに、レオネルネが鍋を置いて、蓋をあけた。
レオンもにじりよってのぞきこむ。
「おお…」
湯気と共に漂ってくる、磯臭さが混じった、独特の芳醇な香り。
レオネルネが外した蓋は何層にも重なっていた。
それをぱかりと外して裏返すと、三人分の皿になった。
「これはー」
「鱗鍋っていうの。一つの鍋の同じ蓋を分かつことが、トカゲクラン式の歓迎」
鍋にさしこまれていたお玉でシチューをすくいながら、レオネルネが微笑む。
「鱗はね、何層にも重なってるでしょ。一つの鍋の皿を分け合うことは、客人を同じ鱗に迎えいれるってことなの」
「…う…」
目元が熱くなる。
「おいおい、どうした、レオン」
心配そうにロヴァールが背中をさすってくる。
「お、俺、ちゃんと、仲間に、入れてもらえたって…嬉しくて」
『咆哮する種』からは、自分で脱退した。
風評に負けた。
仲間の事は大事だったがー仲間をおもっているふりをして、世間から、逃げた。
イクスと会った。
分かってもらえて、はしゃいだ。
付与術が通じ合って、嬉しかった。
精霊のおしゃべりが、思っていたよりずっと広いものなのに気づいた。
ようやくきた隠れ陸。
ダムダムに拒絶された。
「お、おれ、だめなやつ、なのに」
ずっと見ないふりをしていたものを、『逃げるな』とでもいうように、鋭くえぐられた。
「あーもー。気にすんな。ここじゃそういうの関係ないから。ほら、食え!」




