第17話 歓迎されるもの、されないもの
「まあ、一応形式として聞いとく。今回どうして来たんだい?」
ロヴァールがたずねてきた。
手元にはいつの間にか紙が挟まれたバインダー。
ちらりと見えた挟まれた紙には、『探索者記録』というタイトルで、名前や動機などの欄があった。
入場者の記録を取るためらしい。
「俺は、『野生の魔術』を読んでこの土地にあこがれてたから。ルーツを探しに来ました」
「そうだろうな。いつかあんたみたいなのは来ると思ってたよ」
ロヴァールは何度も何度もうなずく。
彼は、レオンが来たことが本当にうれしいようだった。
「で、イクスは?」
「俺は…その、自分が、わからなくなって」
「術式は?」
一瞬、言うのを躊躇した。
最初、レオンの事を知るまで、ロヴァールは付与術師に対して強い疑念を向けてきたからだ。
「…加速範列型、です」
ロヴァールはじっとイクスを見つめる。
深淵を覗く、というよりも、ありのままを見透かすような目。
何だか居心地悪い。
ややして、ロヴァールがうなずいた。
最初の時とは違う、柔和な笑みを浮かべて、
「ま、ここに来る付与術師は大体迷子だ。宝探しでも、そうじゃなくても、な」
カウンター越しに手を伸ばして、ぽんぽんとイクスの頭を撫でてきた。
その意外な態度に、イクスは目を丸くする。
「『加護の再来』も迷子みたいだしな」
レオンがぎくりと表情をこわばらせた。
「…いや、その『加護の再来』っていうのはやめてほしい。普通にレオンで」
「そっか。じゃあレオンな」
ロヴァールは書きあがったらしい紙をバインダーから外す。
「俺としては二人の入場に問題ない。んだが、しばらく待ってくれ。現地人側の審査役もいてな。多分もうしばらくしたら来ると思うから。そこにでもテキトーにかけてといてくれ」
ロヴァールに言われて、イクスは辺りを見回した。
(…椅子がない)
「どっこらせ」
レオンは勝手知ったるなんとやらで、既にその辺の木箱に腰をおろしていた。
「イクス、こっちこっち」
「はい」
レオンの隣の木箱に腰を下ろす。
「ああ、2人とも。外、暑かったろ。ここはトカゲのクランの管轄だから、ローブ、脱いでも求婚されねえぞ」
「よかった」
いそいそとレオンがローブを脱いだ。
ぱたぱたと胸元を仰ぎながら、のんきに笑う。
「暑かったなあ」
「…本当に求婚されるんだ……」
イクスはちらりと横目でレオンを見やる。
(…信用してないわけじゃないけど、時々疑っちゃうんだよな)
ノリと勢いで生きている印象が強いために、『大げさな』と思ってしまったが、ここでは『大げさだ』で彼の知識を流さない方がよさそうだ。
「ほら、飲みな」
いつの間にかカウンターから出てきたロヴァールが、コップを渡してくれた。
中身は黄色く透き通った飲み物だ。
「汗いっぱいかいたろ。『巡り汁』。こっちじゃそれが必需品だ」
「『巡り汁』?」
「一度外に出たものが命の恵みとして回帰してくるっていうやつさ。ほら、飲みな」
「…いただきます」
イクスは口をつける。
「お?意外と躊躇しないな」
飲みながら、レオンが目を丸くした。
さっぱりした味なのに、妙な有機的なとろみのある汁だ。
はっきりいうとー
「…なんか、粘液っぽい味ですね」
「その割にはぐいぐいいくな」
「ムンベルベルで大体慣れました」
「はは。あれは序の口だむん」
「『むん』ってなんですか」
「むん」
粘液っぽかったが、水よりもはやく身体へ浸透する不思議な感覚。
飲み終わると、かなり身体が軽くなっていた。
この回復速度は、大陸でいうならー
「あの、これポーションじゃないですよね?」
「はは、なんだと思う?」
「なんだと思う?」
ロヴァールとレオンが2人そろって悪い顔をしているのを見て、イクスはー
「…やめときます」
何も聞かないことにした。
話題を切り替える。
「『クラン』って、なんですか?」
「ああ、クランっつうのはな。同じトーテムを祀っている集団さ。まあ、こっちじゃあ血筋ともリンクしてるからリネージといってもいい」
「…リネージ?」
「血族集団だとでも考えればいい。トーテムは獣っていう形であがめられててな。例えば俺はトカゲのクランだし、これから来る現地人の審査役はオオカミのクランの所属だ」
「…ロヴァールさんの名前は大陸風だと思うんですが」
「俺はトカゲのクランの女性と婚姻したからな。そこでトカゲクラン所属ってことになった」
ほら、とロヴァールが左腕を持ち上げる。
そこには意匠が刻まれていた。
トカゲのクランの所属を示すものなのだろう。
イクスはちらりとレオンの方をみやる。
彼の傍ではせわしなく光が跳ねていた。
いつもの喜んでいるような跳ね方ではなく、どこか落ち着かない感じだ。
その時。
ノックの音がした。
「〇▽◆…」
薄いドアを通して、外から聞こえてきたのは重々しい声。
大陸語ではない言葉だが、中に向かって呼びかけているような響きだ。
「ああ、噂をすれば来たな。…いいぞ。勝手にめくれ」
ロヴァールの方は大陸語でざっくらばらんに返事をかえした。
レオンがドアの方を向く。
「『鱗』『めくる』『お願い』、かなあ」
「現地語分かるんですか、レオンさん」
「カタコトなら」
扉をあけてのそりと入ってきたのは、赤い髪のやせた大男だ。
少し猫背気味だが、それがどことなく構える獣のような姿を思わせた。
それこそ、オオカミのような。
大男はちらりと二人に一瞥くれた。
「大陸からの客人だよ、ダムダム。土地を案内してほしいとさ」
ロヴァールの言葉に、ダムダムと呼ばれた男は言語を切り替えた。
「…あんたはトカゲの『口役』として了承したのか。からめとり飲み込んでもいいものかと」
「おう」
「ふうん」
ダムダムが再び視線を向けてきた。
ひとつうなずくと、ゆっくりとした声で、
「俺はダムダム。『オオカミ』のクランのものであり、この男と共同で境目を守っている。祖のトーテムより賜りし役割は『残滓から本質を見極めるもの』。祖の器官では『肛門』にあたる」
(…『肛門』って?『肛門』って!?)
「へえ、『肛門』、なんだ」
レオンが目を輝かせた。
ロヴァールが説明してくれる。
「クランの民はみんな何らかの器官の名前で示される役割と力を持ってんだよ。例えば、オオカミクランの『肛門』なら、残滓の中の本質から判断するもの。まあ、大陸で言うジョブみたいなものだと思えばいい」
「そうなんですね」
「彼方らは付与術師とお見受けする」
「…?」
「外から来たものをこっちじゃ『彼方ら』っていうのさ」
レオンが立ち上がる。
緊張した面持ちで、背中から精霊杖を外した。
『意味』をかざすように持ちながら、
「レオン=レクシェノール。大陸の付与術師です」
イクスもならって立ち上がる。
「…イクス=フランシェイス。同じく、大陸の付与術師、です」
ダムダムは何も言わず、じろじろと比較するように二人を見つめてくる。
まるでオオカミが仲間を判断しようとするような、目をそらすことを許さない圧。
張り詰めた空気の中で、レオンの周囲で、これまでイクスが見たことがないほどに、光が激しく舞う。
ややして、ダムダムがふ、と微笑んだ。
「歓迎しよう」
温かい声。
レオンがイクスの方を見た。
破裂せんばかりの笑顔だ。
イクスもうなずく。
ダムダムが、二人に一歩近づいた。
「どうぞ、イクス殿。我らが土地を案内しよう」
イクスにだけ、手を差し出した。
そしてー
「貴様は許さん、半端者」
レオンが、凍り付いた。
ほんの少しの間、沈黙があった。
レオンが、声を絞り出すようにして、問いかける。
「……どうして、俺は、ダメなんだ?」
レオンが震える声で問うた。
「おい、ダムダム。俺も知りたい。こいつには害意なんてないぞ」
ロヴァールも抗議の声をあげる。
だが、ダムダムは静かに首を横に振った。
「ー半端だからだ。見てみろ、その精霊を」
ダムダムが視線で示す先、レオンと共にいる光が激しく明滅して、揺れている。
「レオンとやら。お前の『それ』は『何』にもなっていない。古い時代に来た付与術師と同じ術を使っているようだが、お前の『それ』は、『精霊』とは認められない」
ダムダムはじっと光を睨みつけた。
「命になる前の信号だ。雷は海に落ち、命は生まれる。ーだが、『それ』は、雷のままだ。落ちていない」
そして、ダムダムはレオンを見据えた。
「ーお前は、逃げている」
呆然とするレオンを置いてけぼりに、ダムダムで笑顔で促すように差し伸べた手を揺らした。
「ーさあ、イクス殿。行きましょう」
「え、ちょ、あの」
イクスは戸惑った。
「俺だけっていうのはちょっと…」
「我々は道を求めるものを歓迎する。トーテムは祖にして巡り、はぐくむもの。来るといい。歓迎の祭祀を行い、客人として迎え入れよう」
「でも、レオンさんがー」
「放っておけ」
煮え切らないイクスの手首を、ダムダムがつかむ。
歓迎という割には荒っぽい。
付与術師ごときの筋力では振り払えそうもなかった。
「…俺のことは気にしなくていいよ、イクス」
「レオンさん、レオンさんはずっとここに来たかったんでしょ!?」
「…いいから。行ってきな。俺の分まで、さ。楽しんで」
レオンが力なく笑う。
大事なものを全部落っことしてしまったようなー迷子のような、顔をしていた。
「あ、あの、俺ー」
抗う間もなく。
イクスは、ダムダムに引っ張られていった。




