第16話 隠れ陸の冒険者ギルド
事前に、今の時期の隠れ陸は暑くて、ムシムシした季節だとレオンから聞いてはいた。
そのための装備もそろえていた。
ーが。
ゲート街を歩いて数分。
思った以上のねばつくような暑さに、はやくも限界がきそうだった。
「…こんなんなら船降りる前に耐熱バフ、かけとくべきでした」
歩きながら、イクスはぼやいた。
ここはトーテミズム。
大陸のエレメンタルとは違う文化の地だ。
攻撃性はないとはいえ、街中で大陸の体系型付与術を使うのははばかられた。
レオンが背中をぽんぽんと叩いてくる。
「…やっちまったことはしゃあない。うん。ギルドいこ。イクス。ギルド」
「もうローブ着てるのすら嫌になりそう」
「いや、それは脱がない方がいいぞ」
砂地の地面からは靴越しにも熱が伝わってくる。
大きく開けた通りの左右に、木造の古い建物が並んでいた。
建物と建物の隙間を埋めるように、ところどころに、濃い緑の葉の、幹が太く背の低い植物が植えられている。
どこか退廃的で、開放的。
歩きながら、イクスは周囲を見回す。
「…なんか、野性的ですね」
道行く人々の雰囲気は大陸とはかなり違う。
季節柄のせいか、纏う服は薄く、独特の柄のモノが多い。
袖から出る腕や足には、タトゥーが刻まれていることも珍しくはなかった。
むしろ、肌が露出されているところは、必ずといっていいほど何らかの意匠がある。
レオンの背中で揺れる精霊杖をちらりと見た。
(意味をまとうってレオンさんは言ってたな)
「『野生の魔術』に書いてたんだけどさ」
歩きながら、レオンが口を開いた。
汗だらだらだが、声はとても弾んでいる。
「何も刻まれてない生肌を出すっていうのはさ」
「?」
『結婚相手募集中』っていう意味になるらしい」
「!?」
「肌に刻まれてるのは所属するクランとかの意匠なんだよ。あえてそれがない部分をさらすのは、『どこにも所属してない』ってことになるんだ」
「あー、だから脱ぐなと?」
「うん。脱いだが最後、いきなり求婚されて、攫われるかもしれない」
「怖っ!?」
レオンが足を止めた。
イクスの方を向き、両手で肩をつかむ。
「イクス。だからこの先、何が起こってもおかしくない。ここは違う文化圏だ。心していくぞ」
真剣な顔でレオンは言う。
だが、イクスとしてはー
(…この人の方がやらかしそうだ…)
◆◆◆
地図を片手に歩いて20分ほど。
「…もっとなんかこう、隠れたとこにあるのかと思ってました」
意外と近くに、冒険者ギルドはあった。
「こう、文化の尊重的な意味とか、そんな感じで」
「俺もそう思ったけど、結構溶け込んでるな」
冒険者ギルドは、少し通りから離れたところにあったものの、街の中に普通に溶け込んでいた。
年季がはいった木造の建物で、当たり前のような顔をして建っていた。
「は、入るぞ」
レオンが何とも言えない笑みを浮かべて、ドアの取っ手に手をかけた。
手が震えている。
暑さと憧れの地への興奮で、今にも理性がどこかへ飛び出していってしまいそうに、イクスには見えた。
「お邪魔しまーす!」
大陸式の挨拶そのままに、殴りこむようにレオンが中へと踏み込んだ。
ギルドの中は薄暗かった。
壁の板の隙間からところどころ光が入ってくる。
カウンターに突っ伏していた男が、レオンの元気な声にうるさそうに顔をあげた。
「大陸式の挨拶かよ…すげえ久しぶりだなあ」
くあ、と男があくびする。
明らかに眠っていたのだろうが、取り繕う気はまったくないらしい。
「で?ちゃんと資格、持ってんの?」
投げやりな対応に、イクスは少しむっとした。
が、レオンの方は特に気分を害した様子はない。
むしろ何故か嬉しそうに、アイテムポーチをごそごそと探り、
「ご確認ください!」
旅行切符とギルドカードを取り出して、カウンターの上に置く。
「ほら、イクスも」
「はい」
イクスもポーチから旅行切符とギルドカードを取り出して、レオンへと渡す。
レオンがそれを一緒にカウンターへと載せた。
「へえ…レオン=レクシェノールさん、ね。で、付与術師。あんたが史跡探索資格を持ってんのか。どうして?」
男は剣呑なまなざしをレオンへと向ける。
「わざわざ資格取ってまで付与術師がここに来るってこたあ、この土地の文化から強くなるヒントとかっていうのを探そうとしてんじゃねえのか?俺はそういう身勝手な奴は受け付けねえんだが」
眠そうなくせに、男の声にはすごみがあった。
「あの、ちょっと待ってください」
正当な資格があるのに、これは言いがかりに近い。
イクスは抗議しようとする。
が、レオンが、腕を伸ばして、イクスを止めた。
「俺は」
レオンが口を開く。
「『野生の魔術』を読んで、ここに来ました」
『野生の魔術』は、レオンの原点とも言える本だ。
(…レオンさん)
イクスは見守る先で、レオンは男とにらみ合っている。
真剣すぎる眼差しで。
レオンは、決して目をそらさなかった。
その時。
今までどこに隠れていたのか、あの小さな光が、レオンの傍へとふわりとあらわれた。
それを見て、男が目を丸くした。
「あんた、『加護の再来』のレオンか!?」
「いや、ちょ、その呼び方は照れるんでやめてください!」
◆◆◆
「俺、隠れ陸にまで自分のこと知ってる人がいるとは思っていませんでした」
レオンのことを認識してから、男の態度はがらりと変わった。
「いやいや。精霊統辞法の使い手だぞ。トーテム文化の土地にいて逆に知らない大陸人の方がおかしい」
(…トーテム文化の地だからこそ、か)
レオンが見せた『隠れ陸』への並々ならぬ執着と憧れをイクスは思い出した。
(…『加護の再来』って呼ばれた時の反応、すごく違ったら)
船旅の時は自分のことを『元天才』と蔑むように言っていたのに。
和気あいあいと二人は話している。
(…この人、すぐに人と打ち解けるな)
イクスは少し離れたところから、二人を眺めていた。
少し置いてけぼりを食ってる気分だ。
所在なさげなイクスの気持ちでも読んだかのように、レオンがイクスの方を向いた。
振り向くなり、イクスの腕を勝手に引っ張って引き寄せる。
「ちょっ、あのっ」
「そうそう。こっちがイクス=フランシェイス。俺の同行者」
たたらを踏みながら、イクスは頭を下げた。
「…初めまして。イクスです」
(…この人、俺のことフルネームで覚えてたんだ)
意外に思った。
『姓とか関係なく打ち解ける』、そんな感じに見えていたからだ。
男が豪快に笑って、拳で胸をどんと叩く。
「イクス、か。俺はロヴァール=ヴィクセン。冒険者ギルド隠れ陸支部のギルドマスターだ。ちなみに職員は俺しかいない」
「それって、体、大丈夫なんですか?」
ロヴァールが一瞬、ぽかんとした顔をした。
数度瞬きして、それから大声で笑いだす。
「ははっ!大陸と違ってここはゆるいからな。寝たいときはフツーに寝ても怒られない。むしろ誰も来ないのに真面目な方が笑われる」
「だはは」
つられたようにレオンまで笑い出した。
「何であんたまで笑ってるんですか」
「いや、なんか、本当に隠れ陸、来たんだなあって」
心からレオンは嬉しそうだった。
つい、イクスもつられて頬が緩んでしまう。
「あーもー。いいですよ、ここまできたらとことん付き合います」




