第15話 隠れ陸へ
『トカゲのヒレ号』は隠れ陸・ゲート街港に到着しました。お客様に置かれましてはお荷物のお忘れなきよう、もう一度部屋をお確かめになってー』
たった二人しかいない客に向かって贅沢なアナウンスが流れている。
「忘れ物ないよな?」
レオンは泊まっていた船室をぐるりと見まわす。
毛布たたんだ。
その上に枕おいた。
テーブルの上の水差しも置きなおした。
床も軽くはいて、ゴミ箱にいらないものは捨てた。
掃除をする過程で荷物も整理したから問題はない。
「よし」
納得したところで、壁に立てかけている長杖-愛用の精霊杖を見やった。
「…よし」
杖には幾何学的な文様が刻まれた布が幾重にも巻かれている。
そして、小さな種と、青い差し色のはいった羽のチャーム。
「…いいね。我ながらすごくいい」
顎に手をやり、レオンはうんうんとうなずいた。
『隠れ陸』に来るにあたって、ここ数日かけてレオンは精霊杖を手入れしなおした。
杖本体を磨き、納得いくまで何度も布の結び目を直した。
トーテミズム文化では、自分が愛用するものに自分だけの『意味の象徴』をまとわせる。
精霊杖にまいた布、羽や種のチャームはレオンにとっての『意味』だ。
(…これから、本当に上陸するんだ)
ずっと来たかった場所へ来られた歓び。
踏み込むことへの覚悟。
そして、畏敬の念。
いろいろなモノがないまぜになって、胸の中がいっぱいだ。
光が、レオンの視界の中で待ちきれないといわんばかりに踊る。
精霊も、ここに来たことを喜んでいるようだ。
「ーいよいよだな、相棒!」
レオンは光とハイタッチした。
ドアを開けると、同じく準備を終えたイクスが立っていた。
彼も船の間にきていたラフな服装ではなく、レオンが初めて会った時の冒険者仕様の恰好だった。
皮鎧に、シンプルで動きやすい上下。
足場を意識しているのか、足元はごつめのブーツ。
腰のベルトにはアイテムボックス機能がついたポーチ。
そして片手用の付与術師用の短杖が差し込まれている。
「イクスも気合、入ってるな」
「…まあ、ここまで来ちゃいましたし」
イクスが小さく笑う。
そこに以前のような切羽詰まったような雰囲気はない。
「じゃ、行こうか」
2人して、甲板へと踏み出す。
ー空が、まぶしい。
◆◆◆
湿気混じりの熱風が凪ぎ、肌を撫でる。
異国の地の風だ。
甲板に出た先にあるタラップの傍には、船員たちがいた。
レオンと妙に気が合っていた大柄な船員も、真剣な顔で並んでいる。
その先頭にいる、分厚いコートをまとっているのは船長らしい。
ワイルドな黒ひげに、眼帯。
船乗りというより何だか海賊のような雰囲気だ。
船長が、制帽をとり、胸に当てて深々とお辞儀する。
「ここまでの旅路、ご協力ありがとうございました。途中、トラブルも起きましたが安全に来られたのはひとえにお客様方の協力があったからです」
イクスは初日の事故を思い出す。
あの時は『規約』という言葉が怖かった。
「…いいえ。俺たちをここまで運んできてくれて、本当にありがとうございます」
あの決まりは、人々を安全に運ぶための責務を全うするためのもので、押さえつけるものではない。
イクスは頭を下げ返す。
顔をあげると、船長は静かにうなずいた。
そのまなざしには、船乗りとしての信念と自負があった。
「次の出航は7日後です。それまで、存分にここで見聞を広めていってください」
◆◆◆
船を降りて少し歩いた先に、街の入り口があった。
古びたアーチの上の看板に、『ゲート街』と書かれている。
「…ゲート街?」
アーチの向こうに広がっているのは、なんだかくたびれたような雰囲気の街だ。
「そう、ゲート街。いきなり現地民のところに踏み込むわけじゃない。ここは大陸と隠れ陸側の関所みたいなもん」
船でもらった地図片手に歩きながら、レオンが解説してくれる。
「…なんか急に頼もしくなりましたね、レオンさん」
「俺はいつも頼もしいぞ」
軽口で返してくるが、元天才の横顔は、どこか緊張しているように見える。
背中で揺れる長杖の装飾からも、彼がどれだけこの地に思い入れを持っているのかが伝わってくるようだった。
イクスも気合を入れなおす。
(ここまできたんだ。後はもう、行くしかない)
不純な動機から始まった旅だった。
こんなに真剣になるとは、思わなかった。
今も、『ひしめく爪』とのわだかまりが心から消えたわけではない。
それでも。
(もっと知りたい。世界のことが。この人のことが)




