第14話 旅の7日間
「ごちそうさまでした」
ムンベルベルを綺麗に平らげて、レオンは両手をあわせた。
「ようし!外、見に行こう」
さっきまで痛かった腰もムンベルベルで回復した気がする。
立ち上がろうとしたーところで。
「待ってください」
少し遅れて食べ終わったイクスに腕をつかまれた。
慌てた様子だ。
「どうしたんだ?」
「まだ強化バフかけてないの思い出しました」
「ははっ、大丈夫だよ。ムンベルベルには滋養強壮」
「そんな速攻できくもんあるわけないでしょうが。ほら、座る!」
「は、はい」
尋常ではない迫力に圧されて、レオンはそろそろと椅子に座りなおした。
イクスが嘆息する。
彼は、レオンの手を握りなおして、目を合わせてきた。
「ちゃんと今日はあわせます。いいですか?」
レオンは小さく息を吸って、深く吐く。
自分の中の意味の力場を『開き』、受け入れるイメージ。
心を落ち着かせたところでー
「うん、おっけー」
「ーじゃあ、かけます。『強化』」
イクスが目を閉じー詠唱した。
繋いだ手から、白い光があふれる。
あふれた白い光が、手を伝ってレオンにも届いてくる。
(…すごいな、これ)
開いた力場を通じて、レオンの中にイクスの『想念』が伝わってくる。
指先で慎重に触れてくるような、繊細な調整。
単なる記号の掛け算ではない。
その記号に込める意味をー『労わり』か、『強化』か、『立て直し』か。
真剣に選んでいる。
その真摯な想いが、ダイレクトに伝わってくる。
「…はい、終わりました」
イクスに言われて、レオンははっと我にかえった。
「あ、ありがとう」
「動いてみてください。不具合があったら調整するんで」
まじめな顔でイクスは言う。
レオンは立ち上がった。
ちょっとぴょんぴょん跳ねてみる。
「え、体軽い!腰も痛くない!食べ終わったばっかりなのにお腹もぱんぱんじゃない!」
「問題なさそうですね」
イクスがふ、と笑った。
レオンは跳ねるのをやめた。
「…お前は本当にすごいよ、イクス」
意味を載せる力。
意味を翻訳する力。
真剣に繊細に、精霊のコードに触れているからこその技術。
「…どうしたんですか、急に」
「イクスはさ。ほんとちゃんと精霊の言葉、聞いてるよ。すごい」
素直にほめたつもりだった。
がー
「…聞いてる、ね。勘違いです。俺は何も、聞いてないんですよ」
イクスが、自嘲的に笑う。
「自分の意味を押し付けてるだけなんです。だから、パーティにもいられなくなった。レオンさんとは違う」
レオンは昨夜のイクスを思い出した。
大柄船員の『規約に従っていただけないのなら』という言葉を聞いたときに、イクスは様子がおかしくなった。
「…何があったか、なんて軽率には聞かない。俺は自分でホイホイ話す方だけど、皆が俺みたいじゃないっていうのは知ってる」
イクスがのろのろと顔をあげる。
今度はレオンからイクスに目をあわせた。
言い聞かせるように、ゆっくりという。
「…でも、俺は、イクスがちゃんと俺のこと考えてかけてくれたバフっていうのはわかってる。付与術師だから」
そう。
イクスのことを、レオンはまだ何も知らない。
でも、彼がかけてくれた術から伝わってきたものだけは、わかっている。
イクスがくしゃりと表情をゆがめた。
張り詰めていたものが、少しだけこらえきれなくなってしまったような。
そして、苦笑いした。
「このお人よしが」
「よく言われる」
イクスが立ち上がった。
「甲板行きましょうか。昨日はあんたが暴れすぎてゆっくり見れなかったんで」
「ふふふ。まだまだ冒険心が足りないな!」
「なんですか、それ」
宙で2人のやりとりを見ていた小さな光が、楽しそうにぴよぴよ跳ねた。
その日から。
2人で甲板へ出たり、付与術の話をしたり、またレオンが船から落っこちかけてイクスが引きずり戻したりー
◆◆◆
それからの日々は、あっという間だった。
(あの人、本当につかみどころがない人だな)
イクスは毎日日記をつけるようにしている。
旅する仲間の体調や戦い方の記録をとることで、術式の組み方を調整するためだ。
ここ最近はー
(ほとんどあの人の奇行で埋まってる)
船から落ちかけたり。
ムンベルベルで喜んでいたり。
あの大柄船員と怪しい話をしていたり。
甲板の掃除をしようとしてまた海に落ちかけたり。
後はゲロを吐かなかったかなどの体調の記録。
付与術をかけたときの共鳴率など。
あの元天才はいろんな意味で身体能力も基礎体力も残念だから、繊細な調整が必要だ。
いつの間にか、レオンという奇妙な生物観察日記みたいになっていた。
最初は、元天才の技を盗んで、自分を追い出した『ひしめく爪』を見返す技術を身に着けてやろうと思ってついてきた。
なのに、今はー
「…なんか、柄にもなくわくわくしてるな、俺」
冒険者になって、初めてダンジョンに踏み込んだ時のような高揚感。
グラノスと旅をしたときの事を思い出した。
『イクス!お前に任せるぜ!』
(…今頃、何してるのかな、みんな)
少し前のページには、追放される直前までのグラノスたちの日々がつづられている。
イクスは溜息をついて、日記を閉じた。
船窓へと視線を向ける。
黒々とした海が、月の光を時々反射しながらうねっていた。
船窓に身を寄せれば、月を抱く空が見えそうだった。
「…」
イクスは小さく息を吐いた。
妙な緊張感で、身体がこわばる。
部屋も修復されたので、レオンは別の部屋で寝ている。
(寝る前に強化もかけた。明日は万全の態勢で起きられるはず)
航海から7日。
(…すごく遠くまで、来た)
明日には、隠れ陸につく。
◆◆◆
(どうしよう明日だ明日だ明日だ)
ベッドに横になったはいいものの、レオンの頭は完全に冴えていた。
眠らなければとわかっているのに、緊張で上手く眠れない。
(どうしよう。隠れ陸。隠れ陸だ)
ずっとあこがれていた場所。
いつか行こうと思ったから、史跡探索者の資格をとった。
それでもこれまで行こうとしなかったのはー
(…俺は、置いてかれるのがこわかったんだ)
隠れ陸へ行くことは、『今』から引き離されるような気がして怖かった。
『咆哮する種』の皆との冒険は楽しかった。
精霊統辞法という希少すぎる型の付与術でも、やってこられた。
体系型付与術でなくても、ついてこれた。
だからこそ、精霊統辞法の起源に深くつながる隠れ陸を見ようとするのはー何かが断絶してしまうようで怖かったのだ。
だが、今は。
「どうしよう……すんごいわくわくするんですが」
枕を抱えて、ぼそりとレオンはつぶやく。
初めて村の外に出たときのような不安と期待があった。
(イクスのおかげ、だな)
加速範列型でありながら、意味を交換できる相手。
現代的で、レオンともつながってくれる彼がいるのが心強くて、嬉しかった。
「あー。はやくねよ。夜更かしは探索の敵っ!」
レオンは身体を起こす。
特に乱れてもいないベッドを整えて、枕を仕上げにぽんぽん叩き、
「寝坊したら目が覚めたときには船が帰りの便になってるかもしれない。ほら、寝るぞ俺!」
ブランケットをかぶって、今度こそ目を閉じた。




