第13話 そのころの仲間たち
「ファイアーバレット!」
炎の弾丸が複数、オオカミの魔物、ワオウルフを吹き飛ばした。
「おっし!そっちいったよー、リーダー!」
「任せろ!」
クオーラが叫んでいる間に、ワオウルフは跳ねるように飛び起き、態勢を整えていた。
だが、そこへ一つの影が落ちる。
「ぎゃいんっ!!」
宙から振り下ろされた戦斧が、ワオウルフへと勢いよく叩き込まれた。
斬るのではない、重量による一撃は、ワオウルフの骨を砕き、地面へとたたきつけた。
ワオウルフが絶命したのを確認したところで、大きく息をつき、戦斧の主ー『咆哮する種』のリーダー、ジェノンは、頼れるタンクへと声をかけた。
「ヴァン、どうだ?」
「もう何も来ないぜ」
少し離れたところから返事。
『挑発』のスキルを使わなくても魔物から必ずといっていいほどヘイトを買われる彼の『大丈夫』は、『咆哮する種』の安全の指標だ。
ジェノン自身もゆっくりと息を吸って、周囲に気配を研ぎ澄ませー
「ーよし、今日はここまでかな」
何もいないことを自分の感覚でも確認して、構えを解いた。
「思ったより狩っちゃったねえ」
クオーラが杖先に浮かべた灯りの魔術で、周囲を照らす。
闇の中からワオウルフの死屍累々の光景が浮かび上がった。
「まあ、いいんじゃないか」
「しかし残念だなあ。レオンが喜びそうな素材もあったんだけど…」
クオーラが寂しそうに呟いた。
揺らめく灯りの中、ワオウルフの遺骸の影が生々しく揺れている。
数秒ほどの小さな沈黙。
ジェノンは小さく息を吐いて、吸い、
「ほら。さっさと解体しよう。血のニオイに引かれて他のやつが来たら困るからな」
「りょうかーい」
「はーい」
ヴァンが大盾を背負う。
クオーラも杖を『術装管理』のスキルで収納し、両手を開けてナイフを握る。
ジェノンはアイテムボックス付きのポーチから結界石と台座を取り出して、設置した。
起動用台座に設置された白い結界石が小さく振動し、そこから白い光がふわりとドーム状に広がった。
小さいものなので短時間だが、簡易的に外部の攻撃を防いでくれる結界を作ってくれる便利な道具だ。
しばらく、皮をはいだりモツを分けたりする生々しい音のみが、空間を支配していた。
「…静かだなあ…」
ぽつり、とヴァンが漏らした。
ジェノンは顔をあげた。
戦闘の緊張が今はないからか、ヴァンは寂しそうな顔をしていた。
友達がいなくなった大型犬みたいだ。
「そうだな。何かいいもの見つけるたびにうるさいからなあ、レオンは」
「静かにうるさかったな」
周囲の敵をひきつけないようにと超小声でいつも歓声をあげていた。
「…今頃、どの辺だろうな」
空をみあげてこぼすヴァンに、クオーラが淡々と答える。
「海の上」
「それはわかってんだよ!」
「おいおい。さっさと終わらせて帰るぞ」
◆◆◆
強行軍で『咆哮する種』は街へと帰還した。
「ふあーあ、ねむい」
街の門をくぐる。
漸く安心できる場所にはいったところで、クオーラが大きくあくびした。
「夜通しの狩りだったからな」
寝ぼけ顔を隠さない仲間に、ジェノンは苦笑いする。
ジェノンも、肩をまわして首を鳴らす。
夜通し戦斧をふるったせいで、身体ががちがちだった。
「ワオウルフの血をずいぶん撒いてしまったからな」
解体して遺骸は片づけたものの、それでもワオウルフとの戦闘の痕跡から血なまぐささはとれなかった。
野営なんかするにはあまりにも危険すぎた。
「まー、群れがでかくて思ったより派手にやっちゃったからねえ。…レオンがいれば安全な道とか分かりやすかったんだけどなあ」
クオーラが空を見上げて、手を伸ばした。
いつもレオンの周りをまわっていた光をなぞるように、指をくるくるまわす。
レオンのバフはその土地の精霊と交感するものだ。
接尾付与ではない、直接のバフを受けると、まるでその土地に適応するかのように感覚が冴え渡る。
「そういや、さっきのとこで前レオンがかけてくれたバフってどうだったっけ?」
首を傾げたクオーラに、ヴァンが人差し指をたてて得意げにこたえる。
「『影潜み光目くらます狐』、だろ」
「ヴァンって無駄にレオンが使ってた象徴体系覚えてるよね」
「フフン」
偉そうにいったかと思えば、それからちょっと寂しそうに笑う。
「ま、あの時俺がヘイトひきすぎて逆に危うくなったときに、帰れたのってあの加護だったから、覚えてんだよ」
ヴァンが、白み始めた空をみあげて、ぽつりとつぶやいた。
「今頃、アイツどうしてんのかなあ。食べたかったムン…何とか食ってんのかな」
◆◆◆
クオーラとヴァンと別れ、ジェノンは冒険者ギルドへと一人向かった。
ギルドは24時間開かれている。
冒険者ギルドは緊急事態や、治安維持の対応を担っている部分もあるからだ。
早朝のギルド内部は静かだった。
荒くれもので賑わう昼間とは違い、こうしてみると何だかお役所みたいな雰囲気がある。
討伐証明課のカウンターで、夜勤明けらしい職員がうたたねしている。
(毎朝ご苦労さまです)
ちょっと起こしてしまうのを申し訳なく思いつつも、ジェノンは少し大きめの声で呼びかけながら、
「討伐成果の確認をお願いします」
ワオウルフの討伐の証明部位をおさめた袋を、カウンターにのせる。
「べひっ!」
どさ、という重々しい音に、変な声を出して職員が跳ねるように起きた。
「お、おおおおはようございます!ってあれ、もう『咆哮する種』のみなさん、活動始めてるんですか?!」
「いつまでも落ち込んでられないんでね」
「みなさんたくましいですねえ…」
職員が小さく溜息をついた。
それから切り替えるようにずりおちていた眼鏡を直す。
手元の袋に視線を落として、
「えーと、じゃあこれは緊急依頼で出てたワオウルフの…」
「うん。ワオウルフが24。証明部位の『耳』をいれている。退化しはじめたトサカつきが3つ」
「トサカつき!?うわあ」
職員が眼鏡をつまみながら、袋を凝視した。
「3つの群れが合流してたって。あとちょっとほっといたら近くの村とかやばかったでしょうね」
「あいつらすんごい合理的だからな」
ワオウルフの群れ同士は争うことがない。
出会えば溶け合い、その土地の生態系をじわじわと掌握していく。
トサカは群れの主に生えているもので、それが退化しているということは群れが『融合』していることを示しているのだ。
職員が安堵したように嘆息した。
「まあ、皆さんのおかげで第二陣が順調に入れます。予約クエストを順次公開していきますよ。これで森林の生態系はカタがつくはずです」
「ワオウルフがいなくなって隠れてた珍しいやつとか出てくるからな。みんな喜ぶだろう」
森を支配していたワオウルフがいなくなったことで、新たな生存競争が巻き起こる。
それを鎮め、調整するのが、第二陣の仕事だ。
それは、絶好の稼ぎ時でもあった。
「間違いなく祭りになりますね。うへへえ、どんな素材入るんだろうなあ」
「ん。それにあやかりたいところだけど今日は俺たちは寝る」
「ほんとーにお疲れさまでした」
職員が頭を下げた。
その時。
「あっれえ?『咆哮する種』のジェノンさんじゃないスか。朝から大変ですねえ」
背後から軽薄な声がかかる。
その聞き覚えのある声にージェノンは眉間にしわをよせて、振り返った。
「あ、おはようございます、ジェノンさん」
さわやかな笑顔で挨拶してきたのは、『分割する魂』のリーダー、セリュームだった。
「夜勤狩りですか?大変ですね。そっか、今、めちゃくちゃ肩身狭いですもんね。夜じゃないと活動しにくいか」
挑発するようにセリュームが笑う。
(…こいつが、レオンを)
拳を握って、ジェノンは声を荒げそうになるのを必死にこらえる。
「……別に、狭くなんかないですよ」
「無理しないでくださいよ。レオンさんの落ち度って言われてるじゃないですか、あの事件。大変ですよね」
『あの事件』ー合同討伐の際の付与術の混線事件のことだ。
事件については、ギルドの調査で、勝手にもぐりこんだ加速範列型の付与術師に非があること、レオン自身に瑕疵はないと判断された。
その術師を擁するパーティーセリュームが率いる『分割する魂』に、ギルド法にのっとった処罰がくだされることになったーが。
だが、それが公表されるよりも先に。
悪質で有名な冒険者雑誌『影踏み』が、その術師を取材して『号外』を流した。
「…どの口でそれをいう」
「いやあ、『言われてる』ってぼくは言っただけですよお。侮辱とかそんなんじゃなくて」
セリュームがわざとらしい困った顔になる。
「ほら、でも…確かに現場じゃあ危なかったのも事実、ですよね?それを伝えるのにうちのアンティオは付与術師の観点から『危険だ』っていう意見を率直にのせただけで…」
不穏な空気を断ち切るように、職員が割って入った。
「セリュームさん。何か用事があってこられたのでは?」
冷え切った職員の声に、セリュームが、これまたわざとらしく我に返った表情をする。
「あ、そうそう。予約クエストの公開がそろそろかなって思ってー」
「まだですよ。…ああ、ジェノンさん。鑑定に出すのでしばらく待っていてください。30分ほどで終わりますから」
セリュームがにこりと笑った。
「まだみたいですね。じゃあ、ぼく出直してきますから」
軽く手をひらひらと振って、去っていく。
その背中をジェノンは睨みつけながら、歯噛みした。
(…俺たちも、レオンを守れなかった)
ギルド入口のドアが閉まる。
朝のギルドは、まだ静かだ。




