第11話 精霊のおしゃべり
横になってすうすうとイクスは眠っている。
落ち着いたのを確認して、レオンは肩の力を抜いた。
「とっさに精霊統辞法使っちゃったけど、ちゃんと通じたな」
イクスは加速範列型。
先程レオン自身が肉体強化をかけてもらってそれが普通に作用したので、『反発』を忘れてやってしまったがー普通に、こっちもきいた。
「どういうことだ?」
レオンは懐から手帳を取り出した。
くたびれた愛用の皮のブックカバーに挟んだ手帳だ。
ペンホルダーからこれまた愛用の使いこまれたペンを取り出す。
「イクスは自分自身にさっき肉体強化をかけてた。それを解いた様子はないし。でもって、俺がさっきかけた海の奴は、接尾付与として働いている…ってわけでもなさそうだ。でも相克しあってるわけじゃない」
ペンの頭でイクスの頬を軽くぐにぐにしてみる。
起きる様子はない。
「うん。俺の加護はちゃんと働いてる。…それにしても無防備な寝顔してるなあ。かーなーり、疲れてたんだろうなあ。無防備な寝顔しちゃってえ」
ずっとイクスは張り詰めているようにみえた。
そしてさっきの動揺。
(精神のブレを精神耐性バフで立て直そうとするとか無茶にもほどがある)
あの時は明らかに冷静さを失っていた。
見ていて危ないと思ったし、何だか―腹が立った。
『強化』と『立て直す』の微細な差異を認識できるやつが、どうして自分に無茶なバフをかけようとしたのか。
(いやそもそもどうして俺に加速範列型が通じた?)
イクスをぐにぐにするのをやめる。
(俺はそもそも変な力場出してるし・・・)
付与術師は独自の力場を持っている。
それ故に、他者のバフを受け付けないこともあるが―レオンの場合は、特にひどかった。
『意味』に偏った力場だからだ。
調整すればあわせられるが、それをやらないと霧消してしまう。
「そもそも加速範列型とは相性は悪い。俺の術が発動してると加速範列型がそもそも発動しないけど、加速範列型を俺自身にかけるには俺自身が結構緩いもんなあ」
ジョブ、肉体記号、様々なものをかけあわせる加速範列型。
精霊に共通の基底下部コードを利用する精密操作の対象にするには、レオン自身の記号体系の揺らぎはあまりにも大きいのだ。
クオーラは『レオンは器がおっきい男だもんねえ』と慰めてくれたが。
「…いやいやいやいや」
レオンは一つの仮説にたどりつく。
もう一回ぐにぐにする。
(イクスの翻訳能力とんでもなく高いのでは?『立て直す』と『強化』の意味の差異を使い分けられる。それって加速範列型の基本に自分の意味をのせる才能だ。意味。意味)
レオンはイクスを見下ろした。
観察対象にされているとも知らずに平和に眠っている。
「…俺のバフも、意味のバフだ」
目の前が、急に開けたような気がした。
「…なんていうか」
レオンは小さくため息をついた。
「ちゃんと精霊の言葉、なんだな」
レオンは上を向く。
金色の光がぴよぴよした。
「俺はずっと、体系型付与術は、精霊のこときいてない、っておもってた」
精霊統辞法を覚えて、冒険者になって、いろいろな精霊と交渉して。
そのたびに意味をもらってーだからこそ、画一的な統辞構築型や連鎖構築型に、精霊の言葉が均一にされてしまっている気がしていた。
だからこそ、加速範列型とエラーを起こした時には、『言葉が奪われている』と思ってしまった。
(だけど、本当はー俺自身が、もう通じないっていうのが悔しかったんだ)
イクスのバフを思い出す。
船酔いが消えた。
体が元気になった。
「…俺は傲慢だなあ。…体系付与術だって。加速範列型だって、ちゃんと精霊のおしゃべりなんだ」
レオンは大きく息を吐いた。
ペンと手帳を投げ出して、両手で顔を覆いー
「…恥ずかしー……」




