第10話 元天才のバフ
レオンのまわりで光がふよふよしている。
夜は深くなり、光は跳ねるたびに、残光の尾を引いていた。
(なんだ。この人、すごいじゃないか。皆にダメな奴って言われて、それでも、外に出て)
本人は自嘲気味に語るが、違う。
「……アンタは、すごいと思います。精霊を大事にしてて、いっぱい話、聞いてて」
『ひしめく爪』での時間を思い出す。
パーティは強くなってから、関係は変わっていった。
グラノスや新しく入った仲間の要求。
イクス的には危ないと思うことはたくさんあって、でも仲間は『効率』を求めていた。
イクスが持つ『変な癖』。
バフに込める意味の使い分けをしてしまうこと。
仲間の『効率』を何とか受け止めようとしながら、イクスの中では『安全』も実現したいという願いがあって、それが、バフに歪みを発生させていた。
何度も本を読んで、何度も自分でも試行錯誤した。
どの局面でどんなバフが効率的なのかも、仲間のことも。
しかし、最後は自分の焦りとか思い込みが、歪みを生み出してしまう。
何かが溢れそうになった。
「俺は、自己中だから、おいだされー」
その時。
船が、ぐらりとかしぐ。
「イクス!」
レオンが叫んだ。
慌てて手をのばそうとしてきたーその瞬間、バランスを取り戻すように、極端に傾いていた船が、今度は逆の方向に揺れる。
「ぎゃっ」
「レオンさん!」
レオンが船の床を転がる。-海の方へ向かって。
体が、投げ出されそうになる。
その向こうで、大きな影がいくつも、孤をえがいて跳ねた。
(魔物!?)
「くっそ!」
イクスは己に身体強化をかける。
(助けるための、瞬発力!)
走る。
海に落下しそうになったレオンの手首をつかむ。
掴んで、もう片方の手で、何とか船の縁をつかんだ。
「い、イクス」
「あ、あれなんですか!?」
まだ、大きな魚のような影ははねている。
「月光イルカだよ。あー、なんか魚でも追い込んで狩りでもしてて船にもぶつかってきたのか!」
「いや身を乗り出さないでくださいよ!何のぞこうとしてるんですか!」
「いやだってイルカだぞ!イルカ!初めて見た!!ほらきらきら光っててきれい!」
「あーもう!」
イクスはレオンを引っ張った。
揺れがさっきよりは落ち着いたとはいえ、レオンは船から身を乗り出しかけている。
非情に危ない。
イクスがレオンを引きずり戻そうと格闘していると、がちゃ、とドアが開く音がした。
あの大柄な船員だ。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「ちょっとまってイクス首絞めないで」
大柄な船員がうなずいた。
「まあみればわかるんですが。今回利用者2名しかいませんし」
(なんだこの人)
「問題が発生してしまったんです」
「なんですか?」
「イクスのどしまっちゃう」
「えーと、今の揺れでですね。お客様が泊まる部屋がちょっといろいろ荒れてしまいまして」
船員が、告げた。
「無事だったお部屋がひとつしかありません」
「……」
「イクスちょっと待ってもう息が」
とりあえず、船室に戻ることになった。
大型の船だが、動力部にさかれている部分が多く、見た目に反して乗れる人数は少ない。
そして、
「…ほんとに壊れてる…」
揺れの衝撃が本当にひどかったらしく、他の部屋は家具やらなんやらが散乱していた。
今、2人で無事な一室にいる。
そして問題はーベッドがひとつなこと。
「あの、俺。床で寝ます」
「何言ってんの。俺が寝る。先達だ。黙って後輩は先輩の好意に従ってりゃあいいんだよ」
偉そうに元天才は言う。
が、イクスは見ている。
「あんた船乗って30分でゲロしてた貧弱でしょ。俺が自分に身体強化魔法かけるんで俺が寝ます」
「は?アレは…こう…油断してたから…序の口……」
その時。ドアをノックする音がした。
そして返事をする間もなく、あの大柄船員が勝手に入ってくる。
「二人で寝ればいいじゃないですか」
「あのーそういう問題じゃなくてですね」
「というか二人で寝てください」
「へ?」
大柄な船員が告げた。
「ただいま月光イルカが夜のナウなハンティングにいそしんでおり、今後も船が大きく揺れる危険があります。この船のベッドって結界が張られていて、それで身体が投げ出されないようになっているんですよ。安全のためにお二人ともその一台で」
「あの、もっと別の方法、ありませんか」
食い下がるイクスに、船員が目を細めた。
笑みは変わらないのに、空気が冷える。
「-乗船中は船のスタッフの指示に従っていただくという規約です。したがっていただけないならー」
(パーティ議決権で決まったから。議決権に従えないっていうならー)
何故か、あの記憶がー追い出された記憶が、よみがえる。
船員にグラノスが重なって見える。
「…イクス。イクス!」
肩を揺さぶられて、イクスは我に返った。
「あ、えっと、なんですか?」
「汗、すごいぞ」
レオンが顔をのぞきこんできた。
本当に心配そうだ。
「ちょっと嫌なこと思い出しちゃって。あの、すぐに精神耐性のバフかけてー」
「イクス。それは、精神異常じゃない。バッドステータスのじゃない」
レオンに両肩をつかまれた。
イクスが何も言えない間に、首だけ振り向いて、レオンが船員に告げる。
「ちゃんと二人で寝ますんで!ちょっと彼、初めての船旅でいろいろ緊張しちゃってるみたいで、すみません」
「大丈夫です、心配しないでください、『トカゲのヒレ』号は命への執着半端ないんで、無事に隠れ陸までお届けします。命の限り!」
レオンの言葉に、船員の雰囲気が温かいモノにもどった。
安心していいのかどうかわからない励ましを残して、ぐっと親指を立てて去っていく。
扉が閉じたところで、レオンが、イクスに再び向き合う。
「あの、おれー」
「いいから。ここは俺に任せろ。はい、深呼吸」
有無を言わさぬ強さで言われ、イクスはのろのろと息を吐いた。
ベッドへと座らされる。
「はい、力抜いて」
「…はい」
「手、にぎるぞ。…どう?今、不快?」
「大丈夫です」
イクスの言葉に、レオンがうなずいた。
「急で悪いけど、交渉、頼んでもいいか?」
金色の光が、こたえるようにレオンの上で瞬いた。
彼は集中するように目を閉じる。
レオンが、口を開く。
「-大海。深層の膜。命を運ぶ透明な卵膜。激しきを柔きに変えるもの」
青い光が、繋がれた手からあふれてきた。
その光が、イクスの中へと沁みていく。
「-接続。ピュシスを我がノモスへ。象徴体系、『海の腕のゆりかご』。-加護、生成」
イクスの中に、優しい何かが触れてきた。
それはレオンかーいや、精霊なのか。
どちらかはわからない。
焦燥が、消えていく。
膜のような優しい何かに包まれたように、激しい揺れが、心の内の揺れも、優しい揺らぎへと変わっていく。
「大丈夫?俺のバフ、とっさにかけたけど。これで寝れる?」
「…ん…」
心配してくる声があたたかい。
返事をする前に、安堵で、まぶたがおちた。




