↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/76

影刺す頂

大相撲九州場所、十四日目。


西の支度部屋で、関脇・御剣はひとり静かに締め込みを締め直していた。


中日で宿命のライバル・轟に破れ、大関昇進への足踏みを余儀なくされた悔しさは、今も胸の奥で黒く燃え続けている。だが、彼の眼光に曇りはない。


「今日で決めてやる……!」


十四日目の結びの一番。御剣がぶつかるのは、ここまで全勝をひた走る東横綱・雷電だった。


もう一人の横綱の不在を理由に「独壇場」と揶揄されながらも、一人で横綱の重責を背負い続けてきた男。だが、御剣にとってそんな事情はどうでもよかった。最高峰の壁を破り、相撲界の時代を塗り替えることだけが頭にある。


大歓声に包まれ、土俵へ上がる。

対峙した横綱・雷電の放つ威圧感は、やはり凄まじかった。だが御剣は動じず、鋭い眼光で真っ直ぐに王者の佇まいを見つめ返す。


制限時間いっぱい。


「手ついて――!」


バチィンッ! と、館内に破裂音が響き渡る。

御剣の立ち合いは完璧だった。


轟との一番で見せたような上手を狙う立ち会いではなく、低く鋭い踏み込みで雷電の懐へと飛び込む。天性のセンスとスピードを乗せた両突きが、雷電の分厚い胸板を捉えた。


「――くっ!」


あの雷電の体が、一瞬揺らぐ。

すかさず御剣は左を差し、鋭い出足で前へ出た。どっと沸き立つ福岡国際センター。「金星」の二文字が、観客の脳裏をよぎる。


しかし、絶対王者の底力は伊達ではなかった。

土俵際に追い込まれながらも、雷電は上体を強引に捻り、御剣の差し手を抱え込むと、豪快な小手投げを打った。


強靭な背筋力と体幹のみで力任せに体勢をひっくり返す、まさに「横綱相撲」というべき強引な力技。


「うあぁっ!」


叩きつけられた御剣の体が砂煙を上げる。

土俵を這い、悔しさに拳で土俵を叩く御剣。


「勝負あり、東ー、雷電ー」


歓声と溜息が混じり合う館内。

全勝を守り、見事な白星を挙げた雷電に、割れんばかりの拍手が送られる。


……だが、土俵の中央で軍配を受けた雷電の表情は、どこか硬かった。


勝ち名乗りを受け、土俵を下りるその一歩。

右足の踏み出しに、ほんのわずかな「狂い」が生じていた。


(……なんだ、今の感覚は?)


花道を歩く雷電の右膝の奥で、嫌な違和感が走っていた。

御剣の猛攻を土俵際で力任せに粘り、強引に小手投げを打ったその瞬間――右膝の関節の奥で、小さく「ギチリ」と軋むような嫌な感覚が響いたのだ。


痛みはない。だが、自分の足ではないような、冷たい違和感。


(頼むぞ……明日で、千秋楽だぞ)


支度部屋へ戻る通路の影。

汗を拭う雷電に、冷や汗が吹き出す。


明日の千秋楽、自分の優勝を阻止せんと立ち塞がるのは、轟ただ一人。


満身創痍の体で、「横綱の重圧」と「膝の違和感」を抱えたまま、雷電は千秋楽の土俵へと向かわなければならなくなっていた。


(第8章 / 第4話・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。