関脇同士
11月、大相撲九州場所が開幕。
初日から連勝を重ね、相撲界の頂点で揺るぎない圧倒的な強さを見せつける東横綱・雷電。
しかし今場所の福岡国際センターを沸かせていたのは、雷電だけではなかった。
共に新十両、新入幕とスピード出世を遂げ、勢いそのままに三役を突破して「両関脇」に揃い踏みした二人の若き新星――東の関脇・轟と、西の関脇・御剣の快進撃だ。
幕内に上がってから何度も土俵で拳を交えてきた二人だが、その通算対戦成績はまさに「五分五分」。
重戦車のような圧倒的な推進力で相手を粉砕する轟と、華やかさと圧倒的な相撲センスで土俵を舞う御剣。対照的な相撲で星を伸ばし続ける二人に、客席からは大きな拍手と歓声が送られていた。
そして迎えた場所中盤、二人の直接対決の日。
「ひがーーしーー、轟ーーー」
「にしーーー、御剣ーーー」
呼び出しの甲高い声が館内に響き渡ると、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
西の支度部屋から花道を通り、土俵へと上がっていく御剣。
洗練された美しい佇まいの中に、鋭い刃物のような凄みが同居している。対する東の土俵下に座る轟もまた、結い上げられた漆黒の大銀杏の下で、静かに相手を見据えていた。
土俵上で視線が交錯する。
これまで何度も土俵で削り合ってきたからこそ、相手の強さも、恐ろしさも知り抜いている。
この一番に勝った方が、連勝を伸ばして大関昇進、そして横綱・雷電への挑戦権を手にする。互いに一歩も引けない、宿命のライバル同士の対決。
制限時間いっぱい。
「見合って――!」
行司の軍配が返り、両者が同時に土俵を蹴った。
ドッ、と館内が揺れるほどの激しい立ち合いの衝撃。
轟の重圧溢れる強烈なぶちかましに対し、御剣は一歩も引かずに正面から受け止める。瞬時に低く潜り込み、轟の得意な突き押しを殺しながら、得意の左上手へと手を伸ばす。
「――っ!」
激しい腕の攻防。
轟は強引に前へ出て御剣の体勢を崩そうとするが、御剣もまた絶妙な足さばきで回しを与えず、轟の巨体をいなしていく。技術と力が極限でぶつかり合う、息をのむような攻防。
一瞬の隙を突いて、轟がどっしりと腰を落とし、前傾姿勢のまま一気に前へと圧力をかけた。
御剣の足が俵にかかる。
「行け、轟ー!」
「残れ、御剣ー!」
館内のボルテージが最高潮に達する中、俵に足を残した御剣が、轟のすさまじい推進力を逆手に取るようにして、一瞬で全身のバネを弾けさせた。
「――ぬうっ!」
起死回生の上手投げ。
轟の巨体が宙に浮きかけ、館内に悲鳴と怒号のような歓声が同時に巻き起こる。
だが、今の轟は、かつて半端な技に走って自滅した頃の男ではない。
自分の強みはただ一つ。どんな体勢になろうとも、絶対に死なない足腰と、前へ突き進む重戦車の馬力だけだ。
宙に浮きかけた体を強引に捩じり、泥臭く土俵に足を踏み外さない。豪快な投げの旋風の中で、轟は力任せに御剣の胸元へと突き手を叩きつけた。
ドスンっ!
「ぐっ……!」
投げを打ちきろうとしていた御剣の胸に、丸太のような突っ張りがめり込む。
軸を崩されたのは御剣の方だった。投げのクラッチが外れ、勢いのまま両者がもつれ合うようにして俵の外へと転がり落ちた。
どっと上がる土俵下の砂煙。
静まり返る館内。あまりにも激しい攻防と同時に倒れ込んだ二人の姿に、行司の軍配は一瞬迷うように止まり、やがて――。
「勝負あり……!」
軍配が、東の轟に上がった。
物言い(審議)はつかない。
御剣の体が一瞬早く、土俵の外の砂に触れていた。
呼出の声が響く中、砂まみれになった二人は、土俵下でゆっくりと体を起こした。
勝利を得た轟も、膝に手をつき、荒い息を吐いている。まさに薄氷の勝利、紙一重の勝負だった。
勝ち名乗りを受けるために再び土俵へ上がる轟へ、土俵下で砂を払う御剣が静かに視線を送る。
悔しさを殺しきれない鋭い瞳。だがその奥には、やはり互いの力を認め合う誇らしげな光が宿っていた。
土俵中央でドッシリと腰を落とし、行司の軍配とともに勝ち名乗りを受ける轟。歩み寄った呼出から束になった懸賞金を受け取ると、手刀を切って懐に収め、一礼して土俵を後にした。
花道を去っていく御剣の背中を見送りながら支度部屋へと向かう轟。
激闘を制した余韻に浸っている暇はなかった。
花道の奥、支度部屋へと続く通路の陰で、腕を組んでその一番を見届けていた男がいたからだ。
東横綱・雷電。
冷たい眼光が、勝ち上がってきた轟の姿をじっと見つめている。
独壇場の土俵で「横綱としてのプレッシャー」と「圧倒的な孤独」に苛まれていた絶対王者が、ついに本物の「牙」を向け始めていた。
関脇同士の熾烈な潰し合いを制した轟の前に、いよいよ大相撲の頂点、横綱・雷電との直接対決という最大の壁が立ちはだかる。
(第8話 / 第3話・了)




