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荒磯親方の野望(山鳴親方視点)

東京・国技館の役員室。


正面の大きなモニターを見つめていた山鳴親方は、深く、重い息を吐きながら、自身の頑強な腕に鳥肌が立つのを感じていた。


画面の向こう、向こう正面の土俵下へと、我が部屋の幕下実力派である神竜が力なく転がり落ちていく。

一切の小細工なしの、圧倒的な「押し出し」で神竜仕留めた轟が勝ち名乗りを受けていた。


いなしも、引きも、手の内を知り尽くした神竜の対策も、すべてを正面からの圧倒的な地力だけでねじ伏せる相撲。


「……強いな」


山鳴親方は低く呟いた。


その脳裏に、かつて自分が土俵上で何度も命を削るような死闘を繰り広げた、ある一人の男の巨大な影が強烈に重なっていた。


昭和から平成の相撲界に君臨した、天を突くような巨躯を誇る最強の横綱――天嶺あまね


(あの横綱と同じ気配をあのザンバラが放ち始めてやがる)



―――十一月下旬のあの静かな日。


あの日、山鳴部屋の親方室を訪れた荒磯は、師匠としてのプライドをすべて捨て、畳に両手をついて頭を下げていた。自分の部屋の力士を、山鳴部屋の最先端のトレーニング環境で鍛えさせてくれ、と。


山鳴は、かつて大関として共に土俵を沸かせたライバルをじっと見つめていた。


「頭を上げろ、荒磯。お前ほどの男が、なぜそこまでウエイト(肉体強化)にこだわる。お前の代名詞ともいえる研ぎ澄まされた投げ技を轟にも教えるべきなんじゃないのか?」


小柄な身体でありながら、至高の技術と極限までキレを増した投げ技で大関まで上り詰めたのが、目の前の荒磯だった。なぜ今さら、その技術とは真逆の、強引な肉体強化に固執するのか。それが山鳴には解せなかった。


だが、顔を上げた荒磯の目を見た瞬間、山鳴は息を呑んだ。


「……だからだよ、山鳴」


荒磯は、押し殺したような声で静かに語り始めた。


「どれだけ技を研ぎ澄ましてもな、あの『天嶺』の圧倒的な体躯の前には、俺の投げは1ミリも通じなかった。動かざること山の如し。あの巨大な身体に見下ろされた時の絶望感が、俺は大関で引退してからも、ずっと忘れられなかったんだ。俺は引退してからもずっと、あの圧倒的な体格というものに囚われていた」


荒磯の拳が、きつく握りしめられる。


「だけどな、山鳴。あの日、轟に会った瞬間、俺の身体が震えたんだ。こいつなら、俺が一生かかっても届かなかったあの『天嶺』になれるかもしれない、ってな」


「何……?」


「だが、ただデカいだけじゃ天嶺にはなれない。天嶺の本当の恐ろしさは、あの巨体から駆り出される圧倒的なパワーだ。そして……現役時代、あの化け物と唯一互角に渡り合い、追い詰めることができたのは、お前だけだ、山鳴」


荒磯はもう一度、深く、深く床に頭を下げた。


「頼む、山鳴。お前のところのノウハウを、あいつに叩き込んでくれ。俺には……あいつが、あの天嶺を超える未来が見えたんだ。あいつなら、あの最強の横綱すら超える力士になる……!」


―――


役員室のモニターを見つめたまま、山鳴親方は不敵に唇を歪めて苦笑した。


荒磯のあの夜の言葉は、誇大妄想でも、ただの親バカの戯言でもなかった。今、土俵の上で神竜を赤子のように押し出した轟の身体は、山鳴部屋のノウハウを異常な速度で吸収し、本当にあの「天嶺」の領域へと足を突き動かしている。


「天嶺を超える未来、か……」


山鳴親方はもう一度、勝ち名乗りを終えて花道を戻っていく轟の背中を見つめた。

荒磯は、かつて自分たちが生きた時代の頂点すらも踏み潰していくような、とんでもない化け物を土俵に解き放とうとしている。


名門の師の目が、驚愕から、まだ見ぬ怪物の真の覚醒への凄まじい期待へと変わっていく。



( 第4話・了)

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