高校生横綱・御剣凱
この半年で荒磯部屋に所属していた力士一名が引退し、轟を含め2名の新しい力士が荒磯部屋に加入しました。
夏休みの体験入門から半年。
荒磯部屋で琴音のちゃんこを毎日爆食いし、親方の厳しい指導のもとで冬の寒さの中も四股を踏み続けた大河原轟の体は、入門時とは見違えるほど強靭に仕上がっていた。
そして2月。
冷たい風が吹き抜ける東京・両国国技館の地下診療所に、轟の姿はあった。
高校の卒業を間近に控え、三月場所でのプロデビューを目指す若者たちが集まる「新弟子検査」の日だ。
「おいおい、あいつを見ろよ……」
「どこの部屋の新人だ? 190後半はあるぞ……」
まわし一枚になった受験者たちが並ぶ中、轟の体躯は、圧倒的な存在感を放っていた。しかし、当の本人は相変わらずだった。
「ふぁ……あ、腹減ったなぁ。検査が終わったら、駅前で温かいメンチカツでも買い食いしようかな……」
一人だけ遠足にでも来たかのような顔で、お腹をさすっている。
そんな待合室に、突如として無数のフラッシュの光と、記者たちの慌ただしい足音が押し寄せてきた。
「御剣くん! こちらに目線を!」
「東関部屋からのプロ入り、やはり三月場所でのスピード出世が目標ですか!?」
大勢のメディアに囲まれて入ってきたのは、一人の少年だった。
御剣 凱。
身長185センチ、体重135キロ。
無駄な脂肪が一切ない、鋼の塊のような筋肉をまとったその体は、一目見ただけで「鍛え上げられたプロのそれ」だと分かる。
高校の全国大会のタイトルを総なめにし、鳴り物入りで名門・東関部屋に入門した、現「高校生横綱」である。
御剣は、冷徹な一瞥で記者たちをあしらい、轟を横目に通り過ぎ、壁際に静かに佇んだ。
その姿は、鋭利な日本刀のように張り詰めている。
御剣の観察眼は鋭い。
轟の体格には驚いたものの、その立ち姿、重心の置き方、そして何よりその締まりのない「能天気な顔」を見て、すぐに興味を失った。
相撲は、血の滲むような鍛錬と、緻密な技術の結晶だ。体格だけで勝てるほど、神聖な土俵は甘くない。
そんな御剣の冷ややかな視線に気づくこともなく、轟はのそのそと御剣の方へ歩いていって、気安く声をかけた。
「どうも。ずいぶん有名なんだね? お互い新弟子検査、頑張ろうね」
周囲の受験者たちが「おい、あいつ高校生横綱にタダ口叩いてるぞ……」と顔を青くする。
御剣は、ゆっくりと轟を見上げた。
その切れ長の瞳には、明確な不快感と、侮蔑の色が混ざり合っていた。
「……お前、どこの部屋だ」
「え? 荒磯部屋だけど」
「荒磯……。聞いたことがある。所属力士もまともにいない、落ちぶれたお荷物部屋か。お前を見れば、その部屋のレベルが知れるな。人生を懸けた新弟子検査の場に、そんな締まりのない顔で。相撲を、土俵をナメるな」
「そんな、ナメてるつもりはないんだけど……」
「遊びなら帰れ、素人が」
御剣は轟の言葉を冷たく遮ると、そのまま背を向けた。
「お前のようなただデカいだけの木偶の坊が、技術と努力の結晶である角界で通用すると思うな。土俵に上がれば、その生ぬるい根性ごと、俺が現実を教えてやる」
徹底的に見下され、突き放された。
しかし――。
「……」
轟の口元から、笑みがすっと消えた。
御剣から向けられた、容赦のない、本物の『敵意』。
轟は言い返しはしない。
ただ、轟の身体から立ち上る見えない覇気が、一瞬だけ、御剣の背中を強烈に威圧した。
「――っ!?」
歩き出そうとした御剣の足が、ピタリと止まる。
ゾク、と背筋を駆け上がった、経験したことのないような本能的な恐怖。
御剣は驚愕して振り返ったが、そこにはすでに、いつものように「怒られちゃった」と困ったように笑いながら頭を掻いている、能天気な轟の姿しかなかった。
(今のは……気のせいか? いや、まさか……)
御剣は、自分の手のひらにじっとりと汗がにじんでいるのに気づき、不愉快そうに拳を握りしめた。
「次の者、計測を始める!」
係員の大きな声が響き、二人の最初の接触はそこで終わった。
新弟子検査は、二人とも当然のように一発合格。
こうして、現代日本の角界に、対極の二人の怪物が同時に足を踏み込んだ。
高校を卒業し、プロとしての本場所――三月場所の、二人が激突するまでのカウントダウンが、静かに始まった。
(第5話・了)
最大のライバル、御剣の登場です。登場といっても、実際に戦うのはもう少し先になるんですが、




