兄弟子と、名古屋のデカ盛り
轟たちが名古屋の街に繰り出します。
巡業や地方場所が開催されるとふとしたところで力士が歩いているのを見かけることがありますね!
「おい、轟、満吉。ちょっと面貸せ」
ある稽古終わりの昼下がり。まわしを解いて仕立てたばかりの浴衣に着替えた若鳥さんが、部屋の勝手口でニヤニヤしながら俺たちを呼び止めた。
「若鳥さん、どこ行くんですか?」
満吉が不思議そうに首を傾げると、若鳥さんはポケットの中で小銭をジャラリと鳴らした。
「名古屋場所が始まる前に、ちょっと街を案内してやるよ。お前ら東京から一歩も出たことないだろ? せっかくの地方場所なんだ、美味いもん食ってガツンと気合い入れねえとな」
「……ごちそうさまです」
俺がいつも通り無言のままペコリと頭を下げると、若鳥さんは「まだ奢るとは言ってねえよ!……まぁ、少しは出すけどな」と照れくさそうに頭を掻いた。
そうして、俺たち3人は地下鉄に乗って、名古屋の賑やかな繁華街・大須へと繰り出した。
巨大な招き猫が鎮座する大須の商店街は、古い寺社と現代のカルチャーが混ざり合った、両国とはまた違う独特の活気に満ちていた。だが、196センチ、132キロの俺が荒磯部屋の四股名が染め抜かれた浴衣姿で歩くと、やはり通りすがる人々の視線が一斉に突き刺さる。
「おい見ろよ、若手の力士だぞ。デカいなぁ……!」
「歩く大仏みたいね」
すれ違う人々のヒソヒソ声を、俺は表情を変えずに聞き流す。すると、若鳥さんが俺のわき腹を小突いてきた。
「いいか轟、力士ってのは街を歩くだけで看板なんだ。お前は面構えがいいんだから、もっと堂々と胸を張って歩け」
「……はい」
俺は無言で少しだけ背筋を伸ばした。それだけで、周囲の視線がさらに驚きへと変わる。
「よし、着いたぞ。名古屋と言ったら、まずはこれだろ」
若鳥さんが連れてきてくれたのは、香ばしいソースの匂いが漂う、老舗の定食屋だった。
お目当ては、名古屋名物の『味噌カツ』。だが、目の前に運ばれてきたそれを見た瞬間、満吉が「うわ、何ですかこれ!」と声を上げた。
テーブルにドスンと置かれたのは、巨大な皿からはみ出さんばかりの、文字通り「わらじサイズ」の特大トンカツ。それが、濃厚で真っ黒な秘伝の甘辛い味噌ダレに、これでもかと浸されている。
「ガハハ! どうだ、大須名物のデカ盛り味噌カツだ! 轟、お前のそのバカでかい身体なら、これくらい余裕だろ?」
「いただきます」
俺は箸を持つと、まずは一切れ、分厚いカツを口に放り込んだ。
サクッとした衣の食感のあと、濃厚な味噌のコクと、溢れる豚肉のジューシーな脂が口いっぱいに広がる。
「……美味いです」
俺の目の奥に、カッと熱い火が宿った。
そこからは、言葉を失った重戦車だった。大盛りの丼飯を左手にどっしりと持ち、カツ、飯、カツ、飯の猛烈なローテーションで、恐ろしいスピードで平らげていく。
「おい、ちょっと待て轟、噛んでるか!? 飲み物じゃねえんだぞ!」
若鳥さんが目を丸くして止めるが、俺の箸は止まらない。
気づけば、俺のテーブルには、空になった大盛り丼が3杯と、完全にソースまで綺麗に拭い取られた大皿が残されていた。息一つ乱さず、お茶をズズッとすする。
「……ごちそうさまでした。名古屋、いい街ですね」
「いい街ですね、じゃねえよ! お前、俺の財布を殺す気か!」
若鳥さんがレシートの金額を見て、文字通り白目を剥いていた。隣で満吉が「若鳥さん、先輩風吹かせるからですよ」とゲラゲラ笑っている。
「ちくしょう、次はお前が関取になって俺に奢れよな!」
若鳥さんはブツブツ文句を言いながらも、どこか誇らしげに俺の太い背中をバシッと叩いた。
宿舎への帰り道。
口の中に残る濃厚な味噌カツの余韻が、俺の132キロの肉体に、新たなる強烈なエネルギーとして染み渡っていくのを感じていた。
兄弟子の優しさと、名古屋のエネルギー。
貰ったものは、すべて土俵の上で返す。
番付は序二段。いよいよ、俺の名古屋場所・初戦の幕が上がる――。
(名古屋場所編第3話・了)




