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負けてられない


「……よし。次は俺の番だな」


さっきまでお調子者丸出しで騒いでいた満吉が、緊張した様子で土俵に向かう。


満吉は、俺の身体とは対照的な、お世辞にも大きいとは言えない自分の身体をパンパンと叩いた。


「満吉」


すれ違いざま、俺は満吉の細い肩に大きな手をポンと置いた。


「ブチかましてこい。見てるからな」


「……おうよ。あんな怪物じみた相撲見せられて、俺だけ不様に負けられるかよ」


満吉は不敵に笑ってみせたが、その背中には、さっきの俺とは違う種類の、ヒリヒリとした緊張感が張り付いていた。

俺は花道の奥に留まり、土俵に上がる満吉の背中を見つめていた。

対戦相手の深海は、満吉よりも一回り以上も身体が大きい。

プロの底辺で何年も揉まれてきたベテラン特有の、脂ぎった嫌な威圧感を放っている。


(満吉の体格じゃ、相手は絶対に変化なんかしてこない。正面から力で潰しにくる)


二人が土俵の中央へ歩み寄り、腰を下ろす。

静まり返った館内に、張り詰めた空気が満ちていく。

行司の軍配が鮮やかに返った。


「――はっけよい!」


「うおおっ!」


気合いの声と共に、深海が巨大な壁となって満吉に突っ込んだ。

ドスン、と鈍い衝撃音が響き、体重差のせいで満吉の身体が一歩、二歩と容赦なく後退させられる。

深海は容赦なく、満吉の胸を激しく突いて一気に勝負を決めにかかる。

あっという間に、満吉の踵が土俵の俵へと追い詰められた。


(どうする、満吉)


俺が拳を握りしめた、その時だった。

満吉はあえて自ら上体をのけぞらせるようにして、深海の突っ張りをかわしようと、突飛に左へと体を開いた。

あいつが事前に調べていたデータに基づいた、一か八かの『いなし』の作戦だろう。

だが、ベテランは、そんな新人の浅知恵よりも遥かに速かった。


「甘ぇんだよ、ガキが!」


深海は満吉の動きを完全に読んでいた。

空振るどころか、強引に軸足を残して踏みとどまり、泳いだ満吉の首根っこを容赦なく上から叩き落とした。


「――っ!?」


満吉の身体が、一瞬でガクンと前のめりに崩れる。

粘る間すらなかった。

満吉は、まるで生気のない人形のように頭から土俵に突っ込み、顔面から砂に這いつくばった。


「勝負あり、深海」


軍配が西を指す。

静まり返った館内に、満吉が派手に土俵の砂を口から吐き出す、惨めな咳き込みの音だけが虚しく響いた。


はたき込みで、満吉の負け。

頭脳戦を仕掛けようとして、その手口を完全に上から踏み潰され、何もできずに一瞬で転がされた。

ダサすぎる、プロの洗礼だった。


「……くそ、情けねえ……」


満吉は土俵の上でしばらく起き上がれず、顔中を砂だらけにしながら、ようやくの思いで這うようにして土俵を降りた。


花道の奥へ戻ってきた満吉は、俺と目を合わせることもできず、ただただ悔しさと恥ずかしさで肩を小さく震わせていた。


力でねじ伏せた俺と、プロの底辺に一瞬で叩き潰された満吉。

これが、同じ部屋からプロの門を叩いた俺たちの、残酷な現実のスタートだった。


(第16話・了)

満吉、負けちゃいましたね、

ただ、立ち会いでしっかりぶつかれたってだけで初土俵にしては頑張ったといえるでしょう。

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