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勝負ありっ!

「ぬうううううっ!!!」


荒金の顔が、浮き出た血管で真っ赤に染まる。

24年間の執念をすべて乗せた泥臭い寄り。

だが、土俵際に足がかかった轟の125キロの肉体は、まるで溶接でもされたかのように、そこから一ミリも後ろへ動かない。

上半身の力ではない。

荒磯部屋の冷たい冬の空気の中、額から汗を流しながら、毎日毎日、ただひたすらに踏み続けてきた「四股」の成果。

天性の骨格にプロの土台が備わった轟の足腰は、極限の土俵際で、驚異的な粘りを発揮していた。


(動かない……。この体勢で、なぜ残れる……!?)


荒金の脳裏に、初めて明確な焦燥がよぎる。

技術を尽くし、体勢を完璧に崩したはずだった。

それなのに、目の前の素人は、ただ純粋な「肉体の強度」と「底なしの怪力」だけで、プロの技術を真っ向から力ずくで塞き止めている。


その時だった。


「……ぬんっ!」


轟の口から、短く、重い気合の息が吐き出された。

いつもの轟の面影は、そこにはもう欠片もない。

額には血管が走っている。その剥き出しになった両眼が、肉食獣が獲物を完全に捕らえた瞬間の、冷徹で狂暴な輝きを放つ。

轟の丸太のような両腕が、荒金の胴体を下からガチリと抱え込んだ。


「――っ!?」


荒金の身体が、ぞくりと震えた。

下から突き上げられる、理不尽なまでの超怪力。

それはまるで、大地の底から噴き出すマグマのようだった。

轟は、荒金の完璧なおっつけを、ただの圧倒的な腕力だけで強引にブチ破り、その巨体を下から強烈に突き起こした。

形も、型もない。

ただ、自分が全力で暴れても壊れない「最高の相手」に対する、轟の最大級の敬意と本能の解放。


「う、おおおおおおおっ!!!」


轟が地を蹴り、前へ爆発した。

今度は一歩ではない。二歩、三歩と、土俵の砂を豪快に巻き上げながら、荒金を「がぶり寄り」で正面から押し返していく。


(バカな……! 技術を、力だけで押し戻す気か……っ!)


荒金は必死に足を踏ん張ろうとしたが、浮き上がった上体ではもう、轟の推進力を止める術はなかった。

荒金の24年の執念ごと、轟の圧倒的な大器が、すべてを正面から飲み込んでいく。


ズズズンっ!!!


二人の巨体が、激しい砂煙を上げながら、西の土俵外へと同時になだれ込んだ。

静まり返る国技館。

行司が、震える手で軍配を東へと向け、その声を静かな館内に響かせた。


「勝負ありっ! おしだし、大河原の勝ちっ!」


「はぁ……はぁ……」


激しい息を吐きながら、土俵の下で荒金が仰向けに倒れていた。

天井を見つめる荒金の胸には、悔しさとともに、どこか清々しいまでの衝撃が広がっていた。

完璧に立ち回った。

自分の相撲に一片の悔いもない。

それを、あの十代のガキは、正面から力ずくで粉砕していったのだ。


「……怪物、か」


荒金が苦笑混じりに呟くと、目の前に、大きくて分厚い手が差し出された。

見上げれば、そこにはすっかり気配を変え、いつもの笑顔に戻った轟が立っていた。


「荒金さん、強かったです……!」


「……フン。ナメたガキだ。プロの土俵はこっからだぞ、大河原。次は絶対に負けん」


荒金は轟の手を借りて立ち上がると、不敵に笑い、泥のついた体を震わせながら花道を歩いていった。

これで轟は2勝0敗。見事に前相撲を勝ち抜け、翌場所からのプロの番付に、その名が載ることが確定した。

誰も気づいていない、午前の静寂の中での大金星。


しかし、その激闘のすべてを、支度部屋のモニターで見つめていた男がいた。

東関部屋の御剣凱。

御剣は、じっと画面に映る轟の笑顔を凝視していた。その切れ長の瞳には、これまでの侮蔑の光はない。

あるのは、同じ領域に足を踏み入れた者への、強烈な警戒と、燃え滾るような闘志だった。


たくさんの記者に囲まれてフラッシュを浴びる御剣と、誰もいない朝の土俵から這い上がる轟。

二人の怪物の未来が、確かに交錯した瞬間だった。


(入門編第10話・完)


第一章完結でございます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

次回からはついに本場所が始まっていきます!

横綱への道を駆け抜けてゆく轟の姿を応援してください!!

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