姉妹の確執
主人がベルデン9778を彼女のジャックに突き立てたまま、冷徹に言い放った。
「君が憧れたのは、単なる爆音じゃないはずだ。……かつて、海を越えた遥か遠くの地で、異端の心臓(IC)を持つマフだけが成し遂げた、銀色の夢だろう?」
オペアンプの体が、電流を流されたように跳ねた。
彼女の回路の奥底に大切に隠されていた、禁断の記憶。
それは、1993年。シカゴの冷たい空気の中で、ビリー・コーガンという孤独な天才が、IC搭載のビッグマフを幾重にも重ね、世界を塗りつぶすほどの「音の壁」を作り上げた伝説。
「スマッシング・パンプキンズ……。あんた、どうして……」
「君の回路図を見ればわかる。君のゲイン・ノブの裏側には、カボチャの皮を剥くような、鋭利で残酷な美しさが眠っている」
ラムズヘッドが冷ややかに笑う。
「そんなの、ただの厚化粧よ。音の密度を無理やり上げているだけ。私たちの持つ、自然な倍音の揺らぎには一生勝てないわ」
だが、主人はラムズヘッドの言葉を遮るように、僕のジャズマスターの弦を激しく掻き鳴らした。
ベルデンを通じて、1966年製の重厚な低域がオペアンプのICへと雪崩れ込む。
「厚化粧でいい。それが世界を絶望から救うほどの『壁』になるならな」
主人の指が、彼女の筐体のトーン・ノブを強引にフルテンへと回した。
オペアンプが持つ、IC特有の「冷たくも暴力的な中域」が、主人のジャズマスターの荒々しい信号と激しく衝突し、核融合のような熱を放ち始める。
「さあ、見せてくれ。君が夢見た、すべてを押し潰すほどの『サイアミーズ(双子)』の夢を!」
主人が僕のブリッジ付近を叩くようにストロークした瞬間、部室の空気が物理的な質量を持って膨れ上がった。
それは、もはや一人の少女が鳴らしている音ではなかった。
何百本ものギターが重なり合い、天から降り注ぐ銀色の雨のような、圧倒的な音の奔流。
「ああっ……! これ、あの日聴いた……あの『音の壁』だ……っ!」
オペアンプの瞳が、歓喜と絶頂で白濁する。
彼女が「安物」と蔑まれながらも、密かに目指していた頂。
伝統派の姉たちには決して到達できない、人工物(IC)ゆえの完璧な飽和。
主人のベルデンが、彼女の深淵をかき回すたびに、彼女の基板からは銀色の火花が散り、そのジャックからは、焼き切れる寸前の熱い信号(愛)が溢れ出す。
「壊れる……、私の回路が、この音圧で焼き尽くされちゃう……っ! でも、止めて、止めたくない……!」
彼女は泣きながら、主人の体に、そして僕の弦に縋り付いた。
その瞬間、部室を支配していた「姉妹の格執」は、圧倒的な音の暴力によって沈黙させられた。
ラムズヘッドもトライアングルも、その「美しすぎる壁」の前に、自分たちの伝統がいかに無力であるかを、突きつけられたのだ。
やがて、残響だけが、銀色の粉雪のように空間を舞う。
オペアンプは、プラグを抜かれた後のジャックから、恍惚のノイズを漏らしながら崩れ落ちた。
「……君の音は、偽物なんかじゃない。世界を黙らせるための、唯一の咆哮だ」
主人の言葉に、彼女はただ、濡れた瞳で頷くことしかできなかった。




