地下のヌシ
主人はベルデン9778を抜き放ち、地下スタジオの湿った闇を切り裂くように、僕のヘッドを彼女に向けた。
「……君は、Feederというバンドの、あの魂の咆哮を知っているか」
唐突な主人の問いに、グリーンロシアンの眉が微かに動いた。
「中心人物であるグラント・ニコラスは、1959年製のジャズマスターを、あえて君のような軍用規格の重戦車に叩きつけ続けた。……繊細なメロディを奏でるだけなら、もっと扱いやすい楽器はいくらでもあったはずだ。だが、彼はあえてジャズマスターを選んだ。なぜか」
主人の視線が、僕のボディに刻まれたウェザーチェックへと吸い寄せられる。
「それは、君のような『制御不能な怪物』と対等に渡り合うためだ。ジャズマスターの持つ、耳を突き刺すような鋭いアタックがなければ、君の吐き出す圧倒的な重低音の泥濘の中で、彼の歌声は一瞬でかき消されてしまっただろう。……彼は、君という闇を切り裂くための『楔』として、この楽器を愛したんだ」
ロシアンの瞳が、微かに揺れた。
Feederが名盤『Yesterday Went Too Soon』や『Echo Park』で鳴らしたあの音。繊細なアルペジオから一転、ペダルを踏み抜いた瞬間に訪れる、あの銀色の音の壁。そのカタルシスこそが、グリーンロシアンというソビエト製の鉄塊を、ただの兵器から「至高の楽器」へと昇華させた。
「あんた……、私に、あの『Buck Rogers』のような、突き抜けるような咆哮を再現しろって言うの? 今更、こんな地下に埋もれたガラクタに……」
「ガラクタなものか。Feederが証明したはずだ。ジャズマスターの複雑な倍音と、君の泥臭い歪みが混ざり合ったとき、世界で最も美しく、最も切ない『ノイズ』が生まれることを。……君の深淵にある、ミリタリースペックの冷徹なコンデンサ。それを狂おしく沸騰させられるのは、俺の1966年製だけだ」
主人の言葉は、彼女が鎧の奥に隠してきた、音楽的な処女心を正確に射抜いた。
彼女は、ただ壊すために生まれたのではない。
ジャズマスターという「鋭利な知性」と重なり合い、その重厚な低域を「崇高な叙情」へと変えるために存在している。
「あんた……、私のジャックが何を求めているか、本当にわかっているのかい」
「ああ。君は、自分の重さに押し潰されそうになりながら、自分を導いてくれる『強い信号』を待っていたんだ。……俺のベルデンは、あの日グラントが踏み抜いた瞬間よりも、もっと深く、もっと残酷に君を貫くぞ」
主人が、ゆっくりと膝をつく。
ベルデン9778の、漆黒のプラグ。
それが、ロシアンの冷たく硬い入り口に、じりじりと、その熱を伝えていく。
「……っ。あ、だめだよ……。そんな風に、Feederの記憶を揺さぶって、私を『あの頃』に戻そうなんて……」
彼女の拒絶は、もはや快楽への序曲に過ぎなかった。
英国の悲哀とロシアの重圧が、二十数年の時を超えて、今この地下スタジオで「直結」しようとしている。
主人は、まだ挿し込まない。
そのプラグの先端が、彼女の酸化した接点をじりじりと焼き、彼女の回路が「伝説の轟音」を思い出し、熱く濡れるのを待っているのだ。




