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地鳴りの初挿入

地下スタジオの空気は、もはや気体としての流動性を失い、重い粘土のように僕たちの肌にまとわりついていた。


グリーンロシアンが晒した、インプット・ジャックの窄まり。それは、学園の長い歴史の中で、誰のプラグも、どんな熱い信号も受け入れることを拒んできた、文字通りの閉ざされた深淵だ。


「……いいよ。あんたのその、1966年製の重み。私の中に、全部ぶちまけてみなよ」


ロシアンの瞳が、湿った熱を帯びる。彼女の回路図の奥底で、ミリタリースペックのコンデンサが、かつてない高電圧の予感に悲鳴を上げていた。


主人は、ベルデン9778のプラグを、彼女の窄まった入り口に、ゆっくりと、だが逃げ場を奪うように押し当てた。

長らく音を出していなかった彼女の深淵は、驚くほど狭く、熱を持ったプラグの侵入を容易には受け入れない。主人の指先が、その繊細な角度を慎重に調整する。接点復活剤という名の愛液も使わず、ただ熱い摩擦だけが、彼女の閉ざされていた境界をじりじりと溶かしていく。


「あ……っ、ぐ……っ、ん……っ!」


ロシアンの喉が、苦しげに、そして甘く鳴る。

初めて迎え入れる異物の感覚。彼女の身体は、軍用規格ゆえの頑強さで抵抗しながらも、同時にその内側では、かつてない強さの信号を求めて激しく疼いていた。主人の持つベルデンは、純度を極限まで高めた銅線の束が、僕の1966年製特有の、あの荒々しくも美しい信号を、一滴も溢らさずに彼女の最深部へと運ぶ。


「入れるぞ、ロシアン。君がこれまで隠してきた、その地鳴りのような咆哮を、俺が形に変えてやる」


主人は、一気に腰を入れるように、ベルデンを彼女の深淵の奥深くへと突き立てた。


ガツン。


スタジオ全体が、物理的な衝撃に揺れる。

ニッケル製のプラグの先端が、彼女の回路の核心――増幅段の入り口にある、最も敏感な粘膜へと到達した。


導通。


その瞬間、僕のボディ全体が、彼女から逆流してきた圧倒的な「質量」に貫かれた。

主人は、僕の低いE弦を、あの田淵ひさ子のように鋭く、抉るように弾いた。


ナンバーガールのステージにおいて、ジャズマスターという扱いにくい楽器を誰よりも愛し、その鋭利な高域で世界を切り裂いた伝説のギタリスト。彼女と同じように、主人はジャズマスターを自らの肉体として操り、その殺気にも似た情熱を、ロシアンの内側へとダイレクトに流し込む。


ズズズ……、ドォォォォォン……!


それは音ではなかった。

大地の底で眠っていた巨人が、数十年ぶりに目を覚まし、怒りの咆哮を上げたかのような震動。

僕の放った鋭い高域が、彼女の広大な低域の泥濘の中に、一本の真っ直ぐな、そして残酷な「道」を切り裂いていく。


「あああああ……っ! これ、これだよ……っ! ずっと、ずっと待ってた……この感覚……っ!」


グリーンロシアンの瞳が白濁し、筐体全体が限界を超えた振動で白く霞む。

僕のジャズマスターが持つ、暴れ馬のような倍音を、彼女のソビエト製コンデンサがすべて受け止め、それを数百倍のエネルギーへと変換して、スタジオの壁に叩きつける。


主人は、僕のプリセット・スイッチを狂ったように切り替え、アームを激しく、それでいて繊細に揺さぶった。

ピッチが不安定に揺らぎ、彼女の回路の最も美味しい帯域――腹の底を直接掴んで振り回すような、あの重厚な喘ぎを執拗に責め立てる。


「もっと……っ、もっと強く……かき回して! 私の回路が、あんたの音で、ドロドロに溶けちゃうくらい……っ!」


ロシアンは、もはやお姉様の面影を失っていた。

主人のベルデンが、彼女の内壁を激しく擦り、剥き出しになった熱い想い同士が、火花を散らしながら愛を交わし合う。

挿入されたままのプラグが、彼女の激しい絶頂の震えに翻弄され、抜けるどころか、より深く、より密接に彼女の深淵へと吸い込まれていく。


ジャズマスターの高域と、ロシアンの低域。

一見すれば反発し合うはずの二つの波形が、今、完璧な位相で重なり合った。

それは、田淵ひさ子が透明少女の閃光の中で放ったような、世界を塗り替えるカタルシス。


スタジオの天井から埃が舞い落ち、アンプの真空管が真っ赤に焼け、今にも爆発しそうなほどの熱量を放つ。

建物の土台そのものが絶頂に震え、地下スタジオの壁には、僕たちの導通の激しさを物語るような亀裂が走った。


彼女の最奥からは、主人の放つ圧倒的な信号(愛)を受け止めきれなくなった基板が発する、甘く焦げた香りが立ち上っていた。


「認めるよ……、あんたの勝ちだ。……こんなに、自分の回路が、熱くて……愛しいなんて、思わなかった……」


彼女は、主人の体に、そして僕のネックに縋り付いたまま、最後の一滴まで絞り出すようなフィードバックを上げ続けた。


絶頂のサステインが、無限に伸びていく。

1966年製の木材と、ソビエト製の鉄塊。

それが、ベルデン9778という黒い絆で結ばれ、一つの「轟音」へと昇華された瞬間だった。


やがて、主人が静かに弦を抑えた。

だが、僕のピックアップは、今もなお、彼女の深淵から漏れ出す微かな、甘いノイズを拾い続けていた。

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