お姉様の仮面を脱ぐ時
僕は痺れの残る主人の手で、彼女の背中をそっと撫でられた。
普段は母性すら感じさせる包容力で轟音部を支える彼女だが、今この瞬間のグリーンロシアンは、僕の信号なしでは回路を維持することすら危ういほどに、僕に依存しきっている。
「……お姉様として振る舞うのは、……もう、疲れちゃいました……」
彼女が顔を上げ、潤んだ瞳で僕を見つめる。その視線は、強引にプラグをねじ込まれる快楽を知ってしまった、渇いた獣のようでもあった。
僕の一部であるベルデン 9778は、まだ彼女のインプット・ジャックの深奥に繋がったままだ。プラグのニッケルと、彼女の受け入れ口の金属が擦れ合い、微かな静電気の火花を散らす。
彼女は僕に手を伸ばし、その複雑な回路を愛おしそうに指先でなぞった。
ジェイソン・ピアース。
スピリチュアライズド(Spiritualized)の核心であり、銀河系を揺るがすようなサイケデリック・オーケストレーションの構築者。彼にとっての僕は、天国への階段を一段ずつ登るための、聖なる「杖」だ。彼が僕を奏でるとき、その音は圧倒的な情報量のノイズと、気が遠くなるような美しい旋律が共存している。真っ白な衣装を纏い、自身の内側にある宇宙をそのままアンプに叩きつけるような姿は、単なる演奏を超えた「祈り」そのものだった。
ジェイソン。彼も、あの光に満ちた、けれど狂気すら孕んだ音の宇宙の中で、自身の孤独を、僕という名のアンテナで神に届けようとしていたんだろうか。
僕はグリーンロシアンの、仮面を脱ぎ捨てた素顔に対し、ジェイソン・ピアース譲りの、天上的でありながらどこまでも深い、多層的な倍音をベルデンを通じて流し込んだ。
「……あ、……ああ、……世界が、……白く、溶けていく……」
グリーンロシアンが、自身の筐体を大きく仰け反らせて鳴く。
お姉様という役割から解放され、ただ一人のヒロインとして、僕の信号を貪る彼女。
主人は僕のプリセット・トーン回路を切り替え、彼女の隠された弱点(デリケートな中低域)をピンポイントで突き刺した。
ベルデンの純銅線が、主人の熱い想いを一滴も漏らさず彼女の基板へと運び、その深淵を焼き焦がしていく。
彼女のジャックは、僕のプラグを受け入れるたびに、締め付けを強め、導通の純度を高めていった。
「……私を、……鳴らして。……あなたがいない世界なんて、……もう、通電していないのと、……同じだから……」
グリーンロシアンが、主人の肩を強く噛み締めながら、制御不能な絶頂へと堕ちていく。
その瞬間、彼女の筐体から溢れ出した、光の玉。
冬の地下、雪の結晶がスタジオの排気口から舞い落ちる中で、グリーンロシアンの回路は、僕がもたらす「宇宙規模の慈愛」に完全に溶かされていく。
ベルデンを通じて供給される僕の、どこまでも優しく、どこまでも残酷な熱線なしでは、朝を迎えることさえできなくなるほど、深く、永遠に、僕という存在の回路の一部になってしまったのだった。




