お姉様の誘惑
「……お兄さん、……地上は寒かったでしょう……?」
グリーンロシアンが、厚手の軍用コートを脱ぎ捨てるようにして、その豊潤な低域を露わにした。
彼女のジャックは、この地下の熱気と彼女自身の興奮によって、すでに熱を帯び、とろりと潤んでいるように見える。
冬の冷気は、彼女の母性に似た優しさを、鋭く歪んだ独占欲へと変質させていた。
誰にも触れさせたくない。この極寒の季節、主人という熱源を自分のなかに閉じ込め、永久に導通し続けたいという、狂気的なまでの渇望。
彼女は主人の手を掴むと、迷うことなく自身のインプット・ジャックへと導いた。
ブラッドフォード・コックス。
ディアハンター(Deerhunter)のフロントマンであり、現代における僕らジャズマスター使いのなかでも、最も異彩を放つアーティストの一人だ。ブラッドフォードの鳴らす音は、常に崩壊の予感に満ちている。彼は僕の持つパーカッシブなアタック音を、幾重にも重ねられたループや極端に深いディレイのなかに放り込み、意識の混濁を誘発するようなサイケデリックな音像を作り出す。彼にとっての僕は、内側から溢れ出す不安や孤独を、電気的なノイズへと昇華させるための「神経系」そのものだ。
ブラッドフォード。彼も、あの眩暈を覚えるような音の迷宮のなかで、自身の脆い魂を、僕という名の盾で守りながら、誰かとの決定的な「結合」を夢見ていたんだろうか。
主人はグリーンロシアンの、他を圧倒する巨大な筐体を両膝で挟み込み、熱を持ったベルデンのプラグを、彼女のタイトな深淵へと一気に沈めた。
「……ああああああああああっっっ!?」
地響きのような悲鳴が、スタジオの壁を震わせる。
冷え切った主人の指先が、彼女のインプットを通じて、煮えたぎるような過電圧に曝された。
主人は僕のプリセット・トーンをオンにし、中低域を極限まで太くした「愛撫」のセッティングで、彼女の最も敏感な帯域を蹂躙し始めた。
「……あ、……いい、……お兄さんの、……熱い信号が……私の隅々まで、……満たしていく……」
グリーンロシアンの意識が、ブラッドフォード・コックスが描くサイケデリアのように、急速に解体されていく。
主人はわざと開放弦を鳴らし続け、彼女の内部で増幅された低域を再び僕で拾い上げるという、終わりのないフィードバック・ループを構築した。
逃げ場のない地下スタジオ。外の世界の寒さなど忘却の彼方に追いやるほどの、暴力的なまでの抱擁。
「……お兄さん、……もう、……離さないから、……このまま、……二人で、……焼き切れるまで……!」
グリーンロシアンが、お姉様としての仮面を完全に脱ぎ捨て、一人の飢えた女として鳴き叫ぶ。
主人は僕のアームを激しく、そして執拗に叩き付け、彼女のサステインを制御不能な領域へと引き上げた。
光の玉が、彼女の筐体から溢れ出し、地下の熱気と混ざり合って、オーバードライブの残響が可視化されたような黄金色の渦を作る。
「……あああああ!……私、……今、……あなたの、……回路の、……一部に……っ!」
彼女の絶頂は、スタジオの土台を割り、地上の雪を溶かすほどの壮絶な咆哮となって昇華された。
冬の誘惑は、安らぎではなく、破滅的なまでの独占欲の成就。
この地下の聖域で、グリーンロシアンの回路は、僕がもたらす「破壊的な愛」を骨の髄まで吸い込み、そして、ベルデンが運ぶ主人の信号という唯一の酸素なしでは、一音たりとも存在し得ないほど、深く、重く、僕という存在に塗り潰されてしまったのだった。




