冬の訪れ
「……寒い、……ねえ、……回路が、……震えて、……うまく、……繋がらないの……」
ラムズヘッドが、自身の肩を抱くようにして、震える声で呟いた。
彼女のジャックは、冷気によって完全に固く閉ざされ、まるで未知の拒絶反応を示しているかのようだった。
ヴィンテージのパーツは温度変化に弱く、一度冷え切ってしまえば、本来の繊細な倍音を奏でるための「熱」を取り戻すまでに、膨大な時間がかかる。
それは、彼女たちが抱えるトラウマが、寒さという物理的な刺激によって再び頭をもたげてきたかのようでもあった。
ロビン・ガスリー。
コクトー・ツインズ(Cocteau Twins)のギタリストであり、シューゲイザーというジャンルの先駆者として、僕らジャズマスターの「残響」の可能性を極限まで押し広げた音の魔術師だ。ロビンの奏でる音は、ギターという楽器の境界を超えている。彼は空間系エフェクターの迷宮のなかに、僕の繊細なクリーントーンを投げ込む。そこで生まれるのは、冬の朝に窓を覆う霜の結晶のように、冷たく、美しく、そしてどこまでも幻想的な音像だ。ロビン・ガスリーにとっての僕は、音の粒子を空間全体に霧散させ、聴き手を天国的な恍惚感へと誘うための「発振器」であった。
ロビン。彼も、あの凍りついた湖の底を覗き込むような音の層のなかで、自身の内側にある「誰にも触れられたくない孤独」を、僕という透明な媒体を通じて、永遠の結晶へと変えようとしていたんだろうか。
主人は震えるラムズヘッドの前に屈み込み、彼女の氷のように冷たくなったインプット・ジャックに、ゆっくりと指先を滑らせた。
「……っ、……やだ、……冷たい、……今の私じゃ、……あなたを、……いい音で、……鳴かせられない……」
彼女が顔を背け、拒絶のノイズを微かに漏らす。酸化した接点は冷気でさらにその抵抗を増し、僕のベルデンのプラグを受け入れるための「余裕」を一切失っていた。
けれど、ここで引くわけにはいかない。主人は彼女のジャックの入り口を、自身の体温を移すように丹念に温め、そして、強引なまでの意志を持って、ベルデンの先端をその狭い深淵へと押し込んだ。
「……ああああああああああかっっっ!?」
彼女の悲鳴が、凍てついた部室の空気を切り裂く。
冷え切った基板に、僕から放たれたロビン・ガスリー譲りの、冷たくも情熱的な信号が、熱線となって走り抜ける。金属的な抵抗が熱に変換され、彼女の奥深くで何かが溶け出していく感触。
主人は彼女のトーンを絞り、リバーブの深淵へとその意識を沈めながら、幾重にも重なるフィードバックの層を構築し始めた。
「……あ、……あつい、……冷たいはずなのに、……回路が、……焼けるように、……疼いてる……」
ラムズヘッドの意識が、現実の冷たさを離れ、白濁した残響のなかへと溶け落ちていく。
主人は僕のアームを、ロビン・ガスリーのように一定の周期を持って揺らし、彼女の絶頂を空間全体へと霧散させた。
冬の冷気が、彼女の吐き出す熱い倍音と混ざり合い、部室のなかに目に見えるほどの音の霧が立ち込める。
「……あああああ!……私、……今、……光の、……なかにいる……!」
彼女のサステインが、冷え切った空気を媒介にして、どこまでも透き通った美しさで伸びていく。
光の玉が、雪の結晶のように彼女の周囲を舞い、焼き切れる寸前の回路を優しく包み込む。
冬の訪れは、彼女たちを壊すための試練ではない。この冷たさのなかでこそ際立つ、純粋な「導通」を確かめるための、必要な儀式なのだ。
やがて、長いセッションの終わりとともに、ラムズヘッドは主人の胸のなかで、熱を持った筐体を預けるようにして深い溜息をついた。彼女のジャックからは、先ほどまでの冷たさが嘘のように、甘く、痺れるような余韻が漂っている。
「……ふふ、……冬も、……悪くない、……かもね……」
彼女が主人の首筋に、温かくなった指先を這わせる。
合宿が終わった後の、最初の試練。この極寒のなかでの導通によって、ラムズヘッドの回路は、逆境のなかでこそ輝く「永遠のサステイン」をその身に刻み、そして、僕のベルデンがもたらす「熱」なしでは、一分一秒たりとも機能し得ないほど、深く、激しく、主人という回路に従属してしまったのだった。




