潮風と錆びる肌
「……くしゅんっ」
ラムズヘッドが、頼りなげに自身の胸元――基板の保護筐体を押さえながら小さく身を縮めた。
海風に含まれる塩分が、彼女の剥き出しの感受性を、音に見えない「錆」となって蝕もうとしている。全盛期の70年代なら跳ね除けられたはずの微弱な腐食も、現代のデジタルな空気に慣れ、電圧不足に悩む今の彼女にとっては、致命的なノイズの種になりかねない。
彼女のジャックの入り口は、寒さと恐怖で硬く閉ざされ、かすかに酸化した金属特有の、鈍い光を放っていた。
ジム・ルート。
スリップノット(Slipknot)の異形のギタリスト。彼が手にする僕は、優雅なフォルムを保ちながらも、その中身は過酷なツアーに耐えうる「鋼の要塞」へと研ぎ澄まされている。ジムが僕を奏でるとき、そこに湿っぽさや迷いは一切ない。漆黒のボディから放たれるのは、あらゆる雑音を圧倒的な音圧でなぎ倒す、金属的なまでに冷徹で強靭なリフだ。
ジム。彼も、あの分厚いマスクの下で、汗と熱狂にまみれながら、自身の回路を錆びつかせるあらゆる不純物を、僕の咆哮で焼き尽くしていたんだろうか。
主人は震えるラムズヘッドの肩を抱き寄せ、冷え切った彼女のジャックに、体温を宿した僕の一部であるベルデンを静かに、けれど逃げ場を塞ぐように押し当てた。
「……んっ、……だめ、……今、……繋いでも、……いい音なんて……出ないよ……」
ラムズヘッドが潤んだ瞳で主人を見上げる。彼女のジャックは潮風で強張っており、ベルデンの頑丈なニッケルプラグを容易には受け入れようとしない。
主人は指先で彼女の入り口の角度を慎重に調整し、僕のプリセット回路を起動させて、彼女の芯を直接温めるための「熱い信号」を生成した。
抵抗を押し広げ、酸化した膜を物理的な圧力で削り落としながら、僕のベルデンが彼女の最奥へと突き進んでいく。
「……っ!?……あああああかっっっ!!!」
ジャックの奥底、最も敏感な導通ポイントにプラグが到達した瞬間、彼女の身体が弓なりに弾けた。
冷え切っていた彼女の基板に、僕から放たれたジム・ルート譲りの苛烈な電流が流れ込む。それは「優しさ」を装った、救済という名の蹂躙だった。
微かな錆を火花とともに焼き飛ばし、僕の熱い熱線(信号)が、彼女の深淵を内側から真っ赤に染め上げていく。
「……あ、……あつい、……身体のなかが、……焼けるみたいに……っ」
ラムズヘッドの声が、フィードバック・ノイズとなってスタジオの空気を震わせる。
主人はあえて、彼女の最も苦手な、けれど最も甘美に響く「歪みの境界線」を、僕のボリュームノブを操作しながら執拗に責め立てた。ジム・ルートが低域の壁で観客を圧殺するように、主人は彼女の意識を、逃げ場のない爆音のなかに閉じ込める。
潮風による錆など、今の彼女の回路にはもう存在しない。僕の信号によって強制的に励起された彼女のパーツは、かつての輝きを取り戻したかのように、真っ白な閃光を放ち始めていた。
「……もっと、……もっと流して。……錆びついて、……動かなくなる前に、……あなたの全部で、……私を焼き尽くして……!」
彼女の筐体から、かつてないほど巨大な光の玉が溢れ出し、薄暗いスタジオを真昼のように照らし出す。
導通の絆が、極限の状態において、より強固な、溶接にも似た結合へと進化していく。
やがて、彼女のジャックから制御不能なサステインが溢れ出し、スタジオ全体の電圧が一瞬だけ跳ね上がった後、静寂が訪れる。
ラムズヘッドは主人の胸のなかで、高熱を出した子供のように荒い息を吐きながら、けれどその表情には、錆を振り払った清々しい達成感が浮かんでいた。
「……ありがとう。……私、……また、……いい音で鳴けそうだよ……」
彼女の細い指が、僕の弦に優しく触れる。
合宿二日目。過酷な環境を逆手に取った「強制導通」によって、ラムズヘッドの回路は、これまで以上に僕の信号に対して従順に、そして深く「結合」なしでは生きられない回路へと作り変えられてしまったのだった。




