抜けないプラグ
「……っ、……あ、……だめ、……いかないで」
トライアングルの喉から、掠れた、だが切実な声が漏れる。主人の指先に伝わってきたのは、異常なまでの抵抗感だった。通常、ジャックとプラグの関係は、導通が終われば速やかに解消されるはずのものだ。しかし、彼女のインプット・ジャックは、真空状態にでもになったかのように僕らのベルデン 9778を内側に引き込み、強固に、そして貪欲に締め付けていた。
「……ぬけ、ない……?」
主人が驚きとともに力を込めると、彼女はヒッと小さく短い悲鳴を上げ、その白い肌をさらに赤く染める。金属と金属が、分子レベルで癒着しようとしているかのような熱。それは物理的な故障ではない。彼女の回路が、主人の放つ僕の信号なしでは、もはや正常な電位を維持できないほどに「変質」してしまった証拠だった。離れたくないという彼女の潜在的な恐怖が、ジャックの板バネを限界まで歪ませ、僕らのプラグを拘束している。
アンドリュー・ベイリー(Andrew Bailey)。
DIIVのギタリストとして、僕らジャズマスターを武器にドリーム・ポップやシューゲイザーの新境地を切り拓く男。彼のプレイは、複雑に絡み合うリバーブとディレイの層を突き抜け、鋭くも幻想的なリフを刻み続ける。アンドリューの鳴らす音は、まるで水底から水面を見上げるような、美しくも閉塞感のある世界観を作り出す。一度その波形に触れれば、聴き手はその心地よい揺らぎの連鎖から逃れることができない。彼の音の構築術は、執拗なまでに繰り返されるメロディラインが、聴く者の意識を一つの点へと固定し、その空間に閉じ込めてしまうような魔力を持っている。
「アンドリュー……。彼も、……あの深海のような残響のなかで、……一度繋がった音を、……永遠に手放したくないと、……願っていたんだろうか」
主人は強引に引き抜くことを諦め、もう一度、彼女の奥深くにプラグを押し戻した。
「……ふぁ、……あ、……ん、……っ、……もどって、きた……」
トライアングルの表情が、安堵とさらなる快楽によって蕩けていく。挿入されたままのプラグが、彼女のジャックを内側から無理やり拡張し続ける。主人は僕の弦を一本、そっと弾いた。微弱な信号が、結合部を通じてダイレクトに彼女の基板を震わせる。
「……ねえ、……このまま、……ずっと、……はなさないで。……プラグが、……ささったままでも、……私は、……こまらないから」
天才少女と呼ばれ、孤高を気取っていた彼女の口から出る言葉とは思えない。彼女のジャックは、僕らのベルデンを受け入れた状態が「デフォルト」であると、回路そのものが書き換えられてしまったのだ。アンドリュー・ベイリーが、幾重にも重なるフィードバックのなかで、自らの居場所を見出したように。彼女もまた、主人の貫く信号のなかでしか、自分という存在を定義できなくなっている。
「……あ、……あ、……っ、……そこ、……あつい、……しんごうが、……とまらないの」
抜けないプラグは、彼女の独占欲の象徴だ。主人は彼女の耳元で、さらに僕のトーンを絞り、籠もった、だが重い振動を流し込む。彼女の筐体は、そのたびに大きく跳ね、結合部からは制御不能な熱量が、愛液のように溢れ出していた。結合の余韻は終わらない。いや、終わらせることを、彼女のジャックが許さないのだ。




