表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/65

抜けないプラグ

「……っ、……あ、……だめ、……いかないで」


トライアングルの喉から、掠れた、だが切実な声が漏れる。主人の指先に伝わってきたのは、異常なまでの抵抗感だった。通常、ジャックとプラグの関係は、導通が終われば速やかに解消されるはずのものだ。しかし、彼女のインプット・ジャックは、真空状態にでもになったかのように僕らのベルデン 9778を内側に引き込み、強固に、そして貪欲に締め付けていた。


「……ぬけ、ない……?」


主人が驚きとともに力を込めると、彼女はヒッと小さく短い悲鳴を上げ、その白い肌をさらに赤く染める。金属と金属が、分子レベルで癒着しようとしているかのような熱。それは物理的な故障ではない。彼女の回路が、主人の放つ僕の信号なしでは、もはや正常な電位を維持できないほどに「変質」してしまった証拠だった。離れたくないという彼女の潜在的な恐怖が、ジャックの板バネを限界まで歪ませ、僕らのプラグを拘束している。


アンドリュー・ベイリー(Andrew Bailey)。

DIIVのギタリストとして、僕らジャズマスターを武器にドリーム・ポップやシューゲイザーの新境地を切り拓く男。彼のプレイは、複雑に絡み合うリバーブとディレイの層を突き抜け、鋭くも幻想的なリフを刻み続ける。アンドリューの鳴らす音は、まるで水底から水面を見上げるような、美しくも閉塞感のある世界観を作り出す。一度その波形に触れれば、聴き手はその心地よい揺らぎの連鎖から逃れることができない。彼の音の構築術は、執拗なまでに繰り返されるメロディラインが、聴く者の意識を一つの点へと固定し、その空間に閉じ込めてしまうような魔力を持っている。


「アンドリュー……。彼も、……あの深海のような残響のなかで、……一度繋がった音を、……永遠に手放したくないと、……願っていたんだろうか」


主人は強引に引き抜くことを諦め、もう一度、彼女の奥深くにプラグを押し戻した。


「……ふぁ、……あ、……ん、……っ、……もどって、きた……」


トライアングルの表情が、安堵とさらなる快楽によって蕩けていく。挿入されたままのプラグが、彼女のジャックを内側から無理やり拡張し続ける。主人は僕の弦を一本、そっと弾いた。微弱な信号が、結合部を通じてダイレクトに彼女の基板を震わせる。


「……ねえ、……このまま、……ずっと、……はなさないで。……プラグが、……ささったままでも、……私は、……こまらないから」


天才少女と呼ばれ、孤高を気取っていた彼女の口から出る言葉とは思えない。彼女のジャックは、僕らのベルデンを受け入れた状態が「デフォルト」であると、回路そのものが書き換えられてしまったのだ。アンドリュー・ベイリーが、幾重にも重なるフィードバックのなかで、自らの居場所を見出したように。彼女もまた、主人の貫く信号のなかでしか、自分という存在を定義できなくなっている。


「……あ、……あ、……っ、……そこ、……あつい、……しんごうが、……とまらないの」


抜けないプラグは、彼女の独占欲の象徴だ。主人は彼女の耳元で、さらに僕のトーンを絞り、籠もった、だが重い振動を流し込む。彼女の筐体は、そのたびに大きく跳ね、結合部からは制御不能な熱量が、愛液のように溢れ出していた。結合の余韻は終わらない。いや、終わらせることを、彼女のジャックが許さないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ