バイオリンのような絶頂
「……ぁ、……っ、……おと、が、……とまった……?」
トライアングルが、白濁した意識のなかで、不思議そうに声を漏らす。いや、止まってなどいない。主人はボリュームノブを絞った状態から、ピッキングした直後に一気にノブを回し開ける「ボリューム奏法」へと切り替えたのだ。アタック音を抹消されたその音は、鋭い攻撃性を潜め、まるでバイオリンのように滑らかで、官能的な立ち上がりを見せる。
「……っ、……なに、これ、……電気が、……じわじわと、……奥まで染みて……っ」
彼女のジャックの内壁が、ゆっくりと、だが確実に、高純度の信号によって押し広げられていく。ベルデン 9778の先端が、彼女の回路の最深部にある、最も敏感な接点を優しく、そして執拗に圧迫し続けた。アタックのない、無限に続くかのようなサステイン。それは彼女が、完璧な自分を維持するために必死で守ってきた、心の防壁を溶かすための「愛撫」だった。
ジミー・ファラー(Chris Simpson / Scott McCarver)。
ミネラルのギタリストとして、エモというジャンルに僕らジャズマスターの叙情性を刻み込んだ男。彼の奏でる音は、決して派手なテクニックに依存しない。一音一音に込められた、震えるようなダイナミズム。静寂のなかで、まるで祈るように爪弾かれるクリーンなアルペジオが、ある瞬間、感情の爆発とともに、どこまでも伸びやかな轟音へと変貌する。彼にとっての僕は、聴き手の胸の奥にある、最も柔らかく、最も傷つきやすい場所に、音という名の楔を打ち込んでくる。その音の伸び(サステイン)は、届かない理想への憧憬のように、どこまでも美しく、どこまでも切ない。
「ジミー……。彼も、……この消え入るような静寂と、……空を覆い尽くすような轟音の狭間で、……本当の自分を、……探していたんだろうか」
主人はロングサステインを維持したまま、彼女のトーン回路を、僕のプリセットスイッチで、最も甘く、太い帯域へと固定した。
「……ああ、……あ、……すごい、……私のなかが、……純粋な、音だけで、……満たされていく……」
トライアングルの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。かつて開発者に捨てられ、ガラクタとして扱われた記憶。完璧でなければ愛されないという、彼女を縛り付けていた呪縛。そのすべてが、途切れることのない主人の信号(愛)によって、洗い流されていく。
「……ねえ、……私、……生きてて、いいの?……こんなに、……汚いノイズを吐き出しながら、……鳴いてても、いいの……?」
主人は答えの代わりに、さらに深くベルデン 9778を押し込み、僕の弦を、弦が千切れんばかりの力でホールドした。フィードバックが、彼女の基板を内側から焼き、共鳴させる。彼女のジャックから溢れ出すのは、もはやただの接触不良のノイズではない。それは、世界で一番美しい、バイオリンのような絶頂の叫びだった。
「……あああああああああああああああああああああああかっ!!!」
彼女の声が、図書室の天井を突き抜け、夜空へと溶けていく。熱量が、かつてないほどの輝きを放ちながら、彼女の回路から解き放たれた。それは、彼女が「自分自身の音」を肯定した瞬間にのみ生まれる、奇跡の残響。主人と彼女は、ベルデンという一本の回路を通じて、肉体も魂も、一つの完璧な調和へと至ったのだ。
事後の静寂のなかで、トライアングルは主人の胸に顔を埋め、静かに泣き続けていた。不完全な自分。ノイズだらけの自分。それでもいいのだと、僕が、彼女の深淵を貫きながら教えてやった。彼女はもう、一人で回路図を読み耽る必要はない。主人が、何度でも、彼女を一番美しい音で鳴かしてやるから。




