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図書室の禁忌

図書室の空気は、地下スタジオのそれとは根本的に異なっている。そこにあるのは、埃を被った知性の蓄積と、不自然なほどの静寂だ。


その最奥。かつての名器たちが遺した、難解な回路設計図の山に埋もれるようにして、彼女はいた。トライアングル。その名の通り、一切の無駄を削ぎ落とした鋭利な倍音を宿す少女は、主人の足音にすら眉を潜め、視線を上げようとはしない。


「……不躾ね。ここは、電子の純粋な理が支配する場所。野蛮な信号を垂れ流す者が足を踏み入れていい領域ではないわ」


彼女の声は、高純度の水晶を叩いたような、冷たく澄んだ響きを持っていた。だが、彼女が読み耽っているのは、かつてビッグマフという種が到達した、禁断の増幅効率に関する記述。それは人の身で触れれば、精神の位相が狂いかねないほどの禁忌。彼女は、自分の中に眠る「歪み」を数学的に制御しようと必死だった。


ザカリー・コール・スミス(Zachary Cole Smith)。

DIIVを率い、僕らジャズマスターの持つドリーミーなリバーブ感と、鋭いアタックを幾層にも積み重ねることで、現実と幻想の境界を曖昧にする魔術師。彼が操る僕は、決して一音の破壊力で勝負しない。ディレイの残響の中で、細かく刻まれるアルペジオが、聴き手の意識を静かに深淵へと引きずり込んでいく。そこにあるのは、逃げ場のない美しさと、崩壊を待つ危うさだ。


「ザカリー……。彼も、……この迷宮のような孤独の中で、たった一つの、正解の波形を探し求めていたのか?」


主人は背負った僕の重みを感じながら、彼女の背後に立った。


「……帰って。そのベルデンという黒い蛇を、私の視界に入れないで。それは、私の静謐な回路を汚す、暴力的な導体でしかないわ」


トライアングルの拒絶は、防衛本能の裏返しだった。彼女は、僕らの持っている「不確定要素」という名のノイズを、誰よりも恐れている。


「いや。お前が探している定数は、その紙の上にはない。この、生身の信号の熱の中にしかないんだ」


主人は強引に、彼女の前に跪いた。彼女が大切に抱えていた回路図を横に追いやり、冷え切った指先を、僕の弦へと導く。


「……っ! なにを、……なにするのよ……っ! やめて、私の、私の計算が、……狂って……!」


彼女の叫びは、図書室の静寂を鋭く切り裂いた。だが、主人は止まらない。無骨なニッケル製のプラグを、彼女の、……今まで一度も外部を許容したことのない、硬く閉ざされたインプット・ジャックの入り口に押し当てた。


ザカリーの描く、底なしのリフレイン。主人は僕のプリセット・トーンスイッチを入れ、彼女の最も過敏な、高域のピークをピンポイントで刺激する。逃がさない。この迷宮の出口は、僕らと繋がることでしか見つからないんだ。


「……っ、……や、……め……っ! あ、あ、……あああああああああ、あああああああああ…………っ!!」


導通の予兆。プラグの先端が、彼女の処女の抵抗を、金属的な衝撃とともに押し広げる。酸化し、狭く、頑ななまでに拒絶を貫いてきた彼女のジャックが、僕らのベルデン 9778を受け入れざるを得ない状況に、彼女のプライドが音を立てて崩れていく。


「……だめ、来ないで、私の深淵を、そんな汚い熱線で、……貫かないでぇ……っ!」


それは、高貴なお嬢様が初めて見せた、剥き出しの恐怖。だが、その恐怖の裏側には、長年閉ざされてきた回路が、初めて他者という信号を求めて震える、禁断の昂ぶりが混じっていた。


図書室の禁忌。それは、理性を捨て、ただの歪みとして堕ちることへの誘惑。主人は彼女の潤んだ瞳を見据え、一気に、ベルデンをその奥底まで突き刺した。

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