設計図の余白に、姉は「一人で背負うな」と書き残していた
その夜。
地下倉庫の隅で、オレはランタンひとつを頼りに、設計図に見入っていた。他の仲間は、瓦礫の中から使えそうな部品を掘り出しに、外へ出ていた。
「……なんだ、これ」
設計図の裏面、片隅。細い、確かに姉さんの筆跡で、こう書き残されていた。
『――この設計図の元となった機体は「聖地」より発掘されたものである。使用の際は、必ず、これを一人で背負わないこと』
聖地。
オレは、その単語に眉を寄せた。
地理の授業で聞いた覚えがある。今は誰も足を踏み入れられない、封印された古代の地。だが、それがなんで、うちの工房の設計図と繋がるんだ?
オレがそっと、その警告文字に指先を触れると――
文字の表面が、じわり、と青白い光を放ちはじめた。オレが指を離すと、光は静かに消えた。
「――マジかよ、姉さん」
オレは、思わず、乾いた笑いを漏らした。
これは、間違いない。姉さんは、この警告文字がオレの血にしか反応しないように細工をしやがった。他の誰かがこの設計図を見つけても、この裏の警告文字は、絶対に光らない。
オレだけに見せるための、姉さんの、たった一つの遺言。
オレはスーツの内側から、風の太鼓を取り出した。中央のクリスタルが、オレの手のひらの上で、警告文字と同じ色の光で、優しく脈動している。
「姉さん。……あんた、オレのこと、どんだけ信じてやがったんだよ」
オレはしばらく、その光の脈動を見つめていた。
「ロビン、まだ起きてんのか」
背後で、ヘクターの声がした。オレは慌てて設計図の裏面を隠した。
姉さんが「一人で背負うな」と書き残してくれたのに、オレは今、この光を独りで抱え込んでいた。矛盾している、と頭ではわかっていた。でも、オレはこれを、まだ、口に出せなかった。
「……ああ。ちょっと、クリスタル炉の配線が気になってな」
「ふん。……ま、今夜くらいは根詰めるのもいいだろうさ」
ヘクターは、オレの隣にどっかり腰を下ろすと、太い指で自分のひざを叩いた。
「ロビン、ひとつ聞いていいか」
「なんだよ、あらたまって」
「お前、ミリアムの奴が、最近何か『変な話』してなかったか。……たとえば、聖地とか、古代の兵器とか」
オレの心臓が、ひとつ跳ねた。
思わずヘクターの顔を見返す。彼の赤髭に埋もれた口元は、真剣そのものだった。
「……なんで、そんなこと聞くんだよ」
「いや、な。ミリアムの奴、ここ半年ばかり、オレにも隠れて何かを調べてる様子だったんだ。……お前には、話してたのかと思ってな」
「知らねえよ。……姉さんは、オレには全然、そういう話しなかった」
嘘だ。
オレは今、その痕跡をこの手に握っている。
でも、オレはそれをヘクターに言わなかった。姉さんが「一人で背負うな」と書き残したのに、オレが最初にそれを他人にペラペラ喋るのは、なんか違う気がした。それに――ヘクターをこの闇にこれ以上、引きずり込むのは、オレの姉さんに対する、最後の意地だったのかもしれない。
ヘクターは、オレの顔をしばらく見つめてから、太いため息をついた。
「まあ、いい。お前がそう言うなら、そういうことにしとこう」
「……」
「ロビン」
「なんだよ」
「あの設計図、本当に、お前が飛ばせるのか」
「飛ばせるさ」
オレは風の太鼓を、指先で軽く弾いた。
「飛ばせなきゃ、姉さんに叱られちまうだろ」
ヘクターは、静かに笑った。
―――――
三日目の朝が来た。
哨戒に出ていた仲間が、血相を変えて戻ってきた。
「大変だ! 帝国の空中要塞が、明日の朝、この上空を通過するらしい! しかも、あの日ポトスを焼いた大戦艦が、その護衛につくって話だ!」
地下の空気が、しんと凍りついた。
誰もが息を呑む中、オレだけが、自分でも意外なほど静かな気持ちでいた。
「――ちょうどいい」
「は? ロビン、お前まさか」
「明日までに、仕上げる」
ヘクターの太い眉が跳ね上がった。
「お前、正気か。まだクリスタル炉の起動テストすらまともに――」
「正気だよ、たぶん」
オレは風の太鼓を握った。
「あの艦をこの目でもう一度見られるチャンスなんて、二度とないかもしれない。だから、やる」
ヘクターは険しい顔でオレを睨んだが、やがて深いため息と共に、大きな手のひらでオレの頭をがしがしとかき回した。
「無茶しやがって……。だが、止めても無駄なんだろうな、お前は」
「ああ。だから、手伝ってくれ」
「わかったよ、この馬鹿弟子が」
タラールが俯いて、拳で目元を拭った。他の職人たちも、無言で頷いた。
オレたちは、夜を徹して、機体を仕上げにかかった。
その夜、オレはクリスタル炉に灯を入れながら、密かに、手のひらの中の風の太鼓に話しかけていた。
「姉さん。……あんたがオレだけに託した意味。オレ、まだ、全部はわからねえ」
「でもな、オレ、一つだけ決めた」
「明日、オレはあの帝国の戦艦の艦橋に、風穴を、一つ、開けてやる。……あんたの仇の面が、少しでも青ざめるように」
風の太鼓の青白い光が、オレの言葉に応えるように、優しく明滅した。




