↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/35

貴殿の姉の死も、計画の許容誤差内である

塔の奥から、無機質な光の球体が、オレたちの前に姿を現した。

直径一メートルほどの、乳白色の球体。表面には、幾何学的な模様が、絶え間なく流動している。それは、宙に浮かんだまま、オレたちに、合成音声のような声で語りかけた。


「――侵入者を確認。汚染された系統に、属する生命体と、判定」


その声は、男でも女でもなく、若くも老いてもいない、無機質な音だった。オレたちは、思わず、身構えた。

――と、その時。

オレの胸元の、姉さんの風の太鼓が、突如として、これまでにない強度で、青白く脈動を始めた。

その、青白い光の波紋が、球体の表面をそっと掠めた、次の瞬間。


「――ざざ、ざっ! ――当該クリスタルによる、規定外の干渉を、検知」


球体の音声が、乱れた。


「――照合、照合、……過去の、閲覧者記録、ミリアム・ブランフォード、と、同一の、クリスタルパターン。……なぜ、この時点で、痕跡が、再活性化――ざざっ!」


球体の幾何学模様が、一瞬、乱れた。

オレは、思わず、乾いた笑いを漏らした。


「――は、はは」


姉さん。ちゃんと、"穴"、開けといてくれてやがったのか。この球体の面に、あんたの、指の跡、しっかり残ってやがるじゃねえか。


「そうかよ、姉さん。……あんた、オレにここまで、種、蒔いといたのか」


オレは、手のひらの風の太鼓を握りしめた。


「――ちっ。当該干渉を、無視。侵入者応対、再開する」


球体は、幾何学模様を、平静に戻した。しかし、オレは、確かに見た。この、"神様みたいな顔をした無機物"が、姉さんの残した爪痕に、確かに、一瞬、狼狽したのを。

オレの中に、小さな炎が点った。

この、システムは、無敵じゃない。姉さんが、既にその鎧の一部を、剥がしてくれている。


「――お前は……何者だ」

「私は、この施設を管理する、古代の統括システムである。人類種の再生計画を、管理するために、設計された」

「再生計画、だと……?」


オレの問いに、光の球体は、淡々と答えた。


「現行の人類種は、大戦後の環境汚染により、精神的・身体的に、著しい劣化が、確認されている。汚れた失敗作と、判定する」


その、冷徹な言葉に、オレは、思わず、拳を握りしめた。


「失敗作、だと? ふざけるな! オレたちは、ちゃんと、今を、生きてるんだよ!」

「感情的な反発は、判定結果に影響を及ぼさない。計画は、既定路線通りに、進行する」


光の球体は、オレの怒りを、完全に無視するように、淡々と続けた。


「本計画において、貴殿らは、既に不要な存在である。近く、貴殿らを含む現行人類は、淘汰される予定である」

「淘汰、って、あの、神像を使ってか」

「――肯定」

「そんな、身勝手なことが、許されると、思ってやがるのか!」


オレの絶叫にも、球体は、微塵の動揺も示さなかった。


「――ちなみに、貴殿の姉、ミリアム・ブランフォードの死亡も、本計画の許容誤差の範囲内である」


その、一言で。

オレの視界が、真っ暗になった。

姉さんの死すら、こいつらの「計画通り」だったということか。姉さんが、オレのためにと残していった風の太鼓の意味も、こいつは、事務的に処理していたということか。


「――許容誤差、だと」

「肯定。個別の犠牲は、計画全体の、統計的許容範囲内である」

「――ふ、ふ、ふふふ……」


オレは、乾いた笑いを漏らした。

拳を、床に叩きつけた。手のひらの中の風の太鼓が、オレの血で汚れた。


「そんなの、あんまりだろ……」


オレの声は、かすれていた。


「オレたちが必死になって、悲しんで、苦しんで、それでも前を向こうとしてきたことが、全部、誰かの手のひらの上でしかなかったなんて……」


込み上げてくるのは、怒りよりも、深い虚無感だった。何のために戦ってきたのか、何のために生きてきたのか、その意味そのものが、根底から、崩れ去っていくような感覚。

姉さんの、頬の油。工房で組み上げた風の太鼓。冬の朝、彼女が布団の中で「あと五分」と呟いた寝ぼけ声。全部、全部が、遠い誰かの「許容誤差」で、処理されていた。


「ロビン……」


テティスが、そっと、オレの肩に手を置いた。

だが、オレは、その手にも、うまく反応を返すことができなかった。


その、絶望的な沈黙の中で。

誰よりも、静かに立ち上がった者がいた。

テティスだった。


「――違う」


その一言は、決して大きな声ではなかった。それでも、塔全体を凍りつかせるほどの、意志の強さを感じさせた。

オレは、彼女の横顔を、床から見上げていた。


「あなたたちの計画がどうであれ、わたしたちは、今、ここで、確かに、生きている。悲しんだことも、笑ったことも、誰かを愛したことも――全部、本物」


光の球体に向けて、テティスは、真っ直ぐにそう言い放った。


「感情的な発言は、判定に、何ら影響を及ぼさない」

「影響を及ぼすかどうかなんて、どうでもいいの」


テティスは、一歩、光の球体に近づいた。モグロが、彼女の肩の上で、毛を逆立てて、バルーン色の光を、静かに漏らしていた。


「わたしが言いたいのは、たとえあなたたちの計算通りだったとしても、わたしたちが積み重ねてきた時間の価値は、何一つ、損なわれないということ」


テティスの声は、震えていなかった。彼女は、生まれて初めて、大人としての「怒り」を、その細い喉に宿していた。


「ロビン」


彼女が、オレを振り返った。


「あなたが、ポトスで流した涙も、ダークフォースの海で見せてくれた優しさも、わたしにとっては、何よりも本物だった。それを、計画の一部だなんて言葉で、片付けさせるつもりは、ない」


オレは、弾かれたように、顔を上げた。

彼女の瞳の奥に、あの日、ダークフォースの海の霧の中で、初めて出会った時と、同じ色の光があった。

そして、オレの手のひらの中の、風の太鼓が、姉さんの記憶の色で、青白く脈動を始めた。

オレは、その脈動を、両手で握りしめた。

姉さん。オレ、まだ、諦めない。あんたが、この球体に開けてくれた"穴"、まだ、閉じてねえよな。


「――対象、テティス・マナによる、規定外の反応を、確認」


光の球体が、無機質に告げた。


「計画への、支障をきたす可能性を、検知」

「――ならどうする、化け物」


オレは、立ち上がった。


「よって、計画を、前倒しする。接近中の『フラミー』を用い、現行の不完全な人類を、即時淘汰。次段階の再構築フェーズへ、移行する」

「――なっ!?」


塔全体が、不気味な地響きに包まれた。

窓の外を見ると、塔の目前にたたずんでいた神像が、ゆっくりと、その、無機質な単眼を、オレたちに向けて、赤く明滅させ始めていた。

次の瞬間、神像の両腕が、静かに持ち上がった。

その指先が、塔の窓を、まっすぐ狙っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。