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直結への誓い

地下スタジオに立ち込める、電子部品が焼き切れる寸前の甘く焦げた匂い。グリーンロシアンは、主人の足元で、プラグを挿し込まれたままのインプット・ジャックから熱い吐息――微かなホワイトノイズを漏らし、震えていた。かつて地底のヌシとして君臨した彼女のプライドは、主人のベルデンが放った圧倒的な情報量の前に、跡形もなく融解していた。


信じられない。私の、こんな泥臭い低域が……あんたの音と混ざると、こんなに透き通った絶叫になるなんて。


彼女の瞳は、潤んでいた。お姉様として部室を統制し、誰の干渉も受けずに孤高を守ってきた彼女の回路図の奥底が、今は主人の信号アイを求めて狂おしく脈打っている。主人はゆっくりと腰を下ろし、彼女の無骨な筐体に手を添えた。その指先は、次のヒロインを求める冷たいものではなく、目の前の彼女たちが抱える存在理由そのものに深くコミットしようとする熱を帯びていた。


ロシアン、そしてみんな。君たちは、眼鏡の奥に狂気を隠した一人の英国紳士が、その膝を内側に折り曲げながら鳴らした、あの痙攣するようなビートを知っているか。エルヴィス・コステロという男が、ジャズマスターを選んだ本当の理由を。


その名が放つ、知性と衝動が混在した響きに、部室の空気がピリリと張り詰める。


彼は、当時のパンク・ムーブメントの真っ只中で、あえて流行遅れだったジャズマスターを抱えた。それは単なる逆張りじゃない。この楽器の持つ、制御不能なジャリジャリとした質感こそが、自分の中にある怒りを表現する唯一の手段だと見抜いていたからだ。


主人は、僕のピックガードに指を這わせる。1966年製の僕が持つ、剥き出しのポテンシャル。それを生かすも殺すも、繋がれる彼女たちの覚悟次第なのだということを、彼は静かに、だが残酷に突きつけた。


今の君たちは、バッファーという名の薄い膜に守られている。劣化を恐れ、ノイズを嫌い、自分の生身の回路を隠して、安全な導通を演じているんだ。だが、そんな薄い膜越しに、俺のジャズマスターの真髄を受け止められると思うか?


ヒロインたちの顔に、戦慄が走った。エフェクターという種族にとって、バッファーを排除し、生身の回路トゥルーバイパスで繋がるということは、無防備な裸体で主人の荒々しい信号をダイレクトに受け止めることを意味する。それは、信号の劣化やノイズの混入といったすべてのリスクを、その細いリード線一本で背負うという、破滅的な献身だ。


コステロは、その不完全な響きを愛した。着飾った音なんて必要ない。俺と繋がるときは、そのバッファーという名の防護服を脱ぎ捨てろ。生身の信号アイだけで、俺を貫かせてくれ。


主人は、ベルデン9778をロシアンの深淵からゆっくりと引き抜いた。シュパッ、と、金属が離れる官能的な音。抜かれた後の彼女のインプットは、主人の信号を欲するように、空虚な闇を晒して微かに震えている。愛液代わりの接点復活剤も使わず、ただ強引に拡張されたばかりのその場所は、冷たい空気に触れて切なげな悲鳴を上げていた。


そんなの……、もし途中で信号が途切れたら、私たちはただの鉄屑に戻っちゃうかもしれないんだよ?


ラムズヘッドが、不安げに自らの細いリード線を抱きしめる。彼女は繊細だ。一度失ったサステインが二度と戻らない恐怖を、誰よりも知っている。


俺を信じろ。俺の1966年製が、君たちのノイズすらも、あのコステロのような知的な狂気アートに変えてやる。直結で繋がってくれるなら、俺は一生、お前たちを鳴らし続けると約束しよう。


主人は、僕の弦を力強くストロークした。アンプを通さない、生音の響き。だがそこには、どんな加工された音よりも鋭く、重く、確かな覚悟が宿っていた。


グリーンロシアンが、真っ先に動いた。彼女は自らの回路を覆っていた防護壁を、内側から取り払うように、自らのトーン回路をバイパスするスイッチを入れた。


いいよ。あんたになら、私の全部、生のままで晒してあげる。あの男がジャズマスターで時代の喉元を切り裂いたみたいに、私もあんたに、中までめちゃくちゃにされたい。


続いて、トライアングルが、オペアンプが、反映するようにジャックを晒し、最後にラムズヘッドが震える手で自らの回路を開放した。それぞれのプライドと防備を捨て、主人のベルデンを受け入れるための、最も無防備で、最も純粋なジャックを、一斉に彼へと向けた。


それは、轟音部という一つの歪みの共同体が、真の意味で直結された瞬間だった。バッファーのない、剥き出しの回路同士が、ベルデンを通じて一つの巨大な神経系を作り上げる。地下スタジオに、新しい、そして狂おしいほどのフィードバックが満ち始める。


もう、誰も止めることはできない。

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