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双剣の男は、ダークフォースの海を単身で渡る「伝説」だった

「――そこまでにしろ、副官殿」


男の声は、低く、静かだった。しかし、その一言だけで、辺り一帯の空気が、ぴん、と張り詰めた。


「な、なんだ、貴様!」

「名乗るほどのものじゃない」


男は、フードの下から、鋭いが疲れたような灰色の瞳を覗かせた。


「――ダークフォースの旅人、サスケ……!」


地面に倒れたザッハークが、かすれた声で、その名を呟いた。

オレの頭の中で、風の噂に聞いた記憶が甦る。

ダークフォースの旅人サスケ。世界最高峰の剣技を誇るという、伝説の剣士。特殊なマスクなしでダークフォースの海を渡り歩くことができる、唯一の人間だとも言われている。


「――お前、なんで、ここに」

「たまたま、通りかかっただけだ」


サスケは、そう言って、双剣の柄に両手をかけた。


「ただ、そこの少女に危害を加える連中を見過ごすほど、退屈な人生を送っているつもりもない」

「くく、伝説の剣士様が、こんな辺境で女子どもの護衛とは。お里が知れる」

「――問答は、そこまでだ」


次の瞬間、サスケの姿が、闇の中でかき消えた。

いや、正しくは、風のように速い何かが、闇を切り裂いて疾走した。次の瞬間、オレたちを取り囲んでいた帝国兵たちが、ほぼ同時に地面に崩れ落ちていた。

誰も、何が起きたのか、理解できていなかった。

オレ自身も、含めて。

残ったのは、ジャッカルと、彼の直属らしい護衛数名だけだった。


「――ちっ、面倒な男が」


ジャッカルは、しかし、意外にも、すぐに逃げの態勢に入った。彼は、拘束したテティスを部下に引き渡すと、素早く後ろに下がった。


「テティス嬢は、確かに頂きました。少年、また、いずれ、遊ぼう。ガラモンドは、そう申し上げておきます」

「ジャッカルっ、待ちやがれ!」


オレは、立ち上がろうとした。だが、頭のふらつきで、また、地面にひざをついた。

ジャッカルの部隊は、煙幕を張って、闇の中に消えていった。テティスを、輸送用の飛行艇に乗せられて。

オレの耳に、遠ざかっていくテティスの、かすかな叫び声が届いた。


「ロビンっ! ごめん、なさい――!」


声は、風にすぐに、かき消された。


「くそっ……くそっ……!」


オレは、地面に拳を叩きつけた。手のひらの中の風の太鼓が、青白い光を、悔しげに明滅していた。


―――――


夜明け前。

オレは、ザッハークの家に運び込まれ、彼の傷の手当てを終えたところだった。サスケは、しばらく黙って、暖炉の炎を見つめていた。


「サスケ、あんた、何者なんだ」

「言っただろう。名乗るほどの者じゃない」

「そんな返答で、オレが納得すると思ってんのか」

「思っていない」


サスケは、少しだけ、口の端を上げた。


「――だが、これだけは言っておく。オレは、あの少女に危害が及ぶことを望まない。事情は、いずれ話す」

「なんで、あんたが、テティスを気にかけるんだよ」

「それも、いずれ、な」


彼は、それきり、口を閉ざした。

ザッハークが、寝台の上で、かすれた声で、オレを呼んだ。


「ロビン殿」

「あんた、まだ、寝てろ! 傷、開くぞ!」

「聞いてくだされ。……時間が、ないのじゃ」


ザッハークは、目を閉じたまま続けた。


「テティス様が、あの男に連れて行かれたのは、帝国の中央クリスタル研究所じゃろう。あの場所には、代々、我らが一族が守り続けてきた『封印』が、ある」

「封印?」

「――古代の大戦兵器を、目覚めさせるための封印じゃ。テティス様は、その『鍵』として、必要とされている」


オレの背筋に、氷が滑り落ちた。


「大戦兵器って……何なんだよ、それ」

「詳しくは、聖地の塔の記録に残っておる。……ただ、これだけは覚えていてくだされ」


彼は、深く息を吐いた。


「テティス様が、その『鍵』として稼働されてしまえば、この世界は根本から書き換えられる。……我らが一族が遠い昔に犯した、罪の続きが、始まってしまうのじゃ」


オレは、拳を握りしめた。


「わかった」

「ロビン殿……」

「テティスは、必ず、取り戻す。あんたも、それまで、絶対に死ぬなよ、じいさん」

「――ふ、ふふ。老骨に鞭打つ言葉じゃな」


ザッハークは、かすかに笑った。

サスケが、暖炉の炎から視線を上げた。


「ロビン。オレも、行くぞ」

「……あんたが?」

「テティス嬢に危害を加える連中を見過ごさないと、そう言ったはずだ」

「……あんた、口下手なくせに、そういう言い方は、ちゃんと格好つけんだな」

「うるさい」


夜が、白み始めていた。

だが、オレたちが、次の一歩を踏み出そうとしたその瞬間。

窓の外から、鋭い、女性の声が、オレたちの背中に投げかけられた。


「――そこまで聞かせてもらった」


オレは、慌てて振り返った。

そこに立っていたのは、金髪をきつく後ろで束ねた、氷のように冷たい瞳の、若き総督だった。


「セレーネ……!」


彼女は、腰の剣に手をかけていた。

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