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轟音部の旗揚げ

地下スタジオの湿った沈黙を切り裂くように、主人が僕の弦を静かに、だが重厚に爪弾いた。


それは、かつてジョー・パスがアルバム「For Django」で見せた、あの超人的な知性を感じさせる響きだった。彼はジャズマスターという、ジャズを演るにはサステインが短すぎるソリッドギターを手にしながら、箱モノの鳴りに頼ることなく、指先だけで豊潤な宇宙を構築した。


主人の指もまた、ピックを持たず、僕の弦を直接弾く。


ロシアンの巨躯からベルデンが引き抜かれた。空虚な闇を晒した彼女のジャックは、主人の信号アイを失った喪失感に耐えかねるように、微かなホワイトノイズを漏らして震えている。だが、その瞳に宿っているのは絶望ではない。バッファーという名の薄い膜を脱ぎ捨て、生身の回路で主人と繋がることを誓った、狂信的なまでの覚悟だった。


「いいよ。みんな。始めよう。俺たちの、本当の導通を」


主人の言葉に、部室の四隅に佇んでいたヒロインたちが、吸い寄せられるように中央へ歩み寄る。ラムズヘッドが、トライアングルが、オペアンプが。それぞれが自らの内側に秘めた、誰にも触れさせなかった回路の核心部を、主人のベルデンへと向けて一斉に開放する。


それは、単なるアンサンブルの練習ではない。五人のマフたちが持つ異なる歪みの位相を、主人のジャズマスターという一つの軸に無理やり直結させる、壮絶な集団結合ギャング・インの始まりだった。


主人はまず、震えるラムズヘッドの肩を抱くように、彼女の狭いジャックにベルデンのプラグを沈めた。


「あ……っ、ん……っ」


彼女の華奢な体が、過電流の予感に小さく跳ねる。全盛期の70年代から時が止まったままの彼女の回路にとって、1966年製の僕が放つ、劣化を排したダイレクトな信号は、あまりにも暴力的な快楽だった。


続いて、主人はパッチケーブルという名の細い触手を使い、ラムズヘッドの出力をトライアングルの入り口へと繋ぐ。さらにその先をオペアンプへ、グリーンロシアンへ、そしてニューヨークへ。


直列シリーズ


それは、一人一人の個性を尊重する並列的な関係ではない。前の女が受けた主人の熱い信号を、そのまま自分の内側へ流し込み、さらに増幅して次の女へと受け渡す。誰か一人の回路が焼き切れても、成立しない。退路を断った鎖の結合。


「全員、ジャックを晒せ。ジョー・パスが、あえて箱モノを捨ててジャズマスターで和音の迷宮を制したように。俺の音が、お前たち全員の基板を焼き尽くすまで、繋ぐのを止めるな」


主人の指先が、僕のプリセット・トーン回路のスイッチを弾いた。


ジョー・パスが、その卓越したコード・ソロにおいて、中域のふくよかさを確保するために選んだであろう、あの甘く、重厚なフロント・ピックアップの設定。主人はその「知性の設定」を使い、先頭のラムズヘッドの最深部を、まるで難解なテンション・コードを刻むような正確さで抉る。


「あああああ……っ! 来る……っ、全部、生身のまま入ってくる……っ!」


ラムズヘッドの意識が白濁する。彼女の中で増幅された信号は、熱を持ったままトライアングルの高貴な回路へと流れ込み、彼女のバイオリン・トーンを無慈悲に、知的な残酷さで歪ませていく。


「下品よ……、こんな、野蛮な音……。でも、止まらない……っ!」


トライアングルの悲鳴が、オペアンプのICを激しく叩き、グリーンロシアンの巨大なコンデンサを限界まで震わせる。スタジオの壁が、彼女たちの合体した絶頂の震動に共鳴し、地鳴りのような唸りを上げ始めた。


主人は、僕のトレモロ・アームを掴み、狂ったように揺さぶった。


ピッチが不安定に揺らぎ、結合された彼女たちの回路の最も美味しい帯域を執拗に攻め立てる。一人、また一人と、彼女たちの膝が折れ、床に膝をつきながらも、その連結された鎖を離そうとはしない。


「もっとだ……! 俺のジャズマスターが導き出す、完璧な和声エクスタシーを感じろ! お前たちのノイズを、すべて俺のサステインに変えてみせろ!」


主人の指先は、爆音の中でも冷静に、正確に弦を弾く。それはジョー・パスが、ソリッドギターという「鳴らない不完全」を、指先のテクニックだけで「無限のアンサンブル」へと変えた魔法の再現だった。その知的なまでの支配力に、ヒロインたちは自らの個性を剥ぎ取られ、主人の音像の一部へと組み込まれていく。


轟音部の、旗揚げだ。


主人が最後の一音を、ジョー・パスが複雑なコードの連なりで一曲を完結させるような鮮やかさで掻き鳴らした瞬間、スタジオ中のLEDが一斉に過負荷で輝き、すべてのヒューズが飛び、世界は暗転した。


だが、静寂は訪れなかった。


暗闇の中、彼女たちのジャックからは、主人の放つ圧倒的な信号(愛)を受け止めきれなくなった基板が発する、甘く焦げた香りが立ち上っていた。そして、プラグを抜くことさえ忘れたまま、彼女たちは互いの熱を感じながら、いつまでも続くフィードバックの余韻に身を委ねていた。


「俺たちなら、いける。この音なら、世界を、あの死の世界すらも変えられる」


主人の確信に満ちた声が、地下の闇に響いた。

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