メタルキス第二十五話 メタルキス
メタルキス第二十五話 メタルキス
放課後の校舎は、夕陽の色をゆっくり吸い込みながら、
どこか遠い世界みたいに静かだった。
彼女と並んで歩くのは、もう何度目だろう。
でも今日は、胸の奥のざわつきがいつもより強い。
彼女も同じなのか、何度も顎の金属のカップに人差し指が触れている。
「今日は、公園から遠回りしようよ。ねえ……今日、なんか変じゃない?」
彼女が、公園への道をゆっくりと歩きながら、小さく笑って言った。
「変って……?」
そう返した声が、自分でも驚くほど震えていた。
彼女は立ち止まり、夕陽の光の中でこちらを向く。
彼女の金属が光を受けて、ほんの少しだけ赤く染まる。
その色が、やけに綺麗だった。
「……今日のあなた、ずっと目が合うと、すぐそらすから」
「そ、そんなこと……」
「あるよ。わたし、見てたもん」
“好き”という感情で、直視できないことを、自分でも理解できないでいた。
彼女のまばたきが一度だけ深くなる。
痛みを隠すときの癖。
不安を飲み込むときの癖。
そして――勇気を出すときの癖。
公園に着いた。夕陽を受けた古木のサクラは、幻想的に散り始めていた。
「ねえ……」
彼女は唇に触れ、ブラケットやワイヤーにも触れた。そして、顎の金属のカップが撫でられた。
メタルの感触を確かめるように。
そして、少しだけ息を吸った。
「わたしね、あなたに見られるの……嫌じゃないよ」
心臓が止まるような気がした。胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。
その言葉だけで、音が聞こえなくなり、見てるものも認識できなくなって、五感が遮られた感覚になった。
「……ぼくも」
声が自然にこぼれた。
「君のこと、ずっと……好きだった」
サクラがまた、花びらを散らしてゆく。
彼女の目が揺れる。
驚きと、安堵と、少しの痛み。
その全部が、夕陽の中で溶けていく。
「……わたしも」
彼女はそっと笑った。
金属が光る。
その光が、なぜか涙のように見えた。
距離が、自然に縮まる。
触れたら壊れそうで、でも触れたい。
そんな甘くて苦しい空気が二人の間に満ちていく。
「……してみる?」
彼女は、遠くを見つめ、決意したかのように、
一瞬だけ唇を噛んでから、ぼくに振り向き、続けた。
「…メタルキス」
息が止まった。
でも、苦しくなかった。
「……うん」
二人の影がゆっくり重なる。
金属と金属が触れるか触れないかの距離。
心臓の音が、互いの胸の奥で響き合う。
かすかなシャンプーのいい香り。
そして、吐息が聞こえ、一瞬、くすぐったくさえ感じた。
ぼくの呼吸が浅くなる。
彼女の吐息も、短く、早くなる。
サクラが、また一枚、花びらを散らせる。
そよ風が止む。
彼女のまつ毛が震える。
ほんの一瞬。
ほんの、かすかな触れ合い。
“カチッ” 金属が、メタルが、
ブラケットとブラケットが、融合し、かすかに鳴った。
それは痛みではなく、
羞恥でもなく、
ただ――二人の「好き」が、
人と機械の境界を超えて、
溶けるように、そっと重なった音だった。




