メタルキス第二十三話 ぼくのメタル
メタルキス第二十三話 ぼくのメタル
家に帰ってから、ずっと彼女のことばかり考えていた。
夕飯の味なんて覚えていない。
湯気の向こうに、彼女の横顔が浮かんでくる。
今日、彼女が笑ったときの、あの少し照れたような目。
ワイヤーを気にして唇に触れる癖。
いつもの、金属のカップを右手の人差し指でなでる癖。
痛みを隠すとき、ほんの一瞬だけ呼吸が浅くなるところ。
そして、いつもの斜め後ろから見る、彼女の凛とした姿。
(なんで、こんなに思い出すんだろう)
部屋に戻って机に向かっても、ノートは白紙のまま。
ペンを握っているのに、全く何も手がつかない。
胸の奥のざわつきばかりが気になった。
(ぼくは、彼女のこと、どれだけ知ってるんだろう)
たくさんの手術を乗り越えてきたこと。
口の中が、たくさんの装置で埋め尽くされ、しゃべることもままならなかったこと。
上顎は前へ、下顎は後ろに、上顎の天井は強引に引き裂かれるように、色んな方向に引っ張られ、痛くて、夜も眠れなかった話。
心ない視線や、後ろ指までさされて、恥ずかしさを耐えた日々。
彼女のつらさに比べたら、ぼくのちっぽけなコンプレックスなんて、たいしたことないのに、
恥ずかしいなんて思っていた自分が恥ずかしい。
それでも、すべてを知って受け入れた彼女。
(ぼくは、彼女を守れたんだろうか)
(これから守れるんだろうか)
問いが浮かぶたびに、彼女の姿が鮮明になる。
そして、ふと気づいた。
ぼくが思い出しているのは、
ただの“可愛いところ”じゃない。
そして、決して人前では弱音を吐かず、凛としている、普段の強い彼女でもない。
痛みを隠すときの沈黙。
不安を飲み込むようなまばたき。
不意に思いを巡らす仕草になっている、金属のカップに人差し指を触れるところ。
それでも笑おうとする強さ。
そして、誰にも見せない弱さ。
(ぼくは、そういうところも……好きなんだ)
胸の奥が、じんわり熱くなる。
そして、また、切なくなる。
彼女の矯正を羨ましく思っただけのはずだった。
でも、いつの間にか、
彼女の痛みや、彼女の強さや、
彼女が見せるほんの小さな揺れまで、
全部がぼくの中に残っていた。
(ぼくは、彼女のことが好きなんだ)
その言葉が胸の奥に落ちた瞬間、
息が少しだけ詰まった。
苦しい…
いや、苦しくはない。
むしろ、静かに温かかった。
好きだ。
どうしてかなんて、もう説明できないくらい、
彼女の全部が、ぼくの中に積み重なっていた。
好きだ。
ぼくは、彼女と一緒にいたい。
彼女のメタルに少しでも触れたい。
彼女を想うだけで、息苦しくなりそうだ。
その気持ちは、もう隠せなくなった。
ごめん…好きになっちゃったんだ…




