メタルキス第十八話 メタルの色(後編)
メタルキス第十八話 メタルの色(後編)
昼食を終え、
彼女はチンキャップを外したまま、ケースにそっとしまった。
「午後は……これ、なしで行こうかな。せっかくだし」
「晩ごはんとお風呂と歯磨きのとき以外は、ずっとつけてるから、歯医者の先生も、きつかったら、たまには外してもいいよ、って言ってるしさ…」
彼女は笑ったが、
その頬には、装置のゴムが圧迫していた、赤い跡がひとすじ残り、
つらさの名残が薄く浮かんでいた。
長い時間装着しているせいで、解放感が非日常となり、
「つけてないと、かえって不安」と、
微かに笑った。
ぼくは何も言えなかった。
彼女の本心だと思うけど、つらさをあっさりと言って退ける彼女に、ぼくは、ただ、何も言えなかった。
彼女の素の横顔を見つめることしかできなかった。
午後の遊園地は、降り注ぐ陽射しと春の色で満ちていた。
メリーゴーランドの金色の装飾が、陽に照らされてきらきらと輝く。
「乗ろうよ」
彼女は子どもみたいに笑って、木馬にまたがった。
彼女のメタルブラケットの銀色が、午後の光と馬の金色で、柔らかく反射する。
ぼくは隣の馬に乗りながら、
その笑顔を見ていた。
(強いんじゃない。
強く“あろうとしている”んだ)
その事実が、胸に静かに沈んでいく。
青緑の風を受けて、馬が駆ける。
やがて、馬の位置がやや変わり、彼女の斜め後ろからの視点になった。
いつもの授業の位置関係だ。
装置のない彼女の斜め後ろ。流れる黒髪。艶のしっかりとした深い黒色。
その黒に、青緑や金銀の光が入り交じり、幻想的に見せてくれる。
見たことのないものを見るように感じてしまう。
(こんなに可愛いんだ。)
ぼくの心の隅っこが、甘酸っぱく色めき立った。
ぼくはその余韻を引きずったまま、
メリーゴーランドを降りると、
彼女が指をさした。
「次、観覧車乗ろ?」
夕暮れが近づき、東の空は群青色に、西の空は淡い橙に染まり始めていた。
ゴンドラに乗り込むと、
ゆっくりと上昇していく。
街が小さくなり、温かい風が静かに吹き込む。
二人きりの空間。
沈黙が落ちる。
彼女から見ると、ぼくの背景は群青色。
ぼくから見ると、彼女の背景は橙色。
彼女は窓の外を見ながら、ぽつりと言った。
「ねぇ……今日、楽しい?」
胸が刺さる質問だった。
ゴンドラの揺れる音と感覚だけが、二人を包む。
「……楽しいよ。すごく」
そう答えた声は震えていた。
彼女はぼくの横顔を見つめ、
そっと言った。
「無理しなくていいよ。
わたしね……あなたが隣にいてくれるだけで、十分だから」
その言葉は優しすぎて、
ぼくは目を伏せた。
(優しさが……痛い)
でも、今日は違った。
痛みの奥に、小さな熱が灯っているのを感じた。
観覧車を降り、群青色の世界に変わりつつある遊園地を歩く。
彼女は笑っていた。
痛みに耐えながら、それでも笑っていた。
その横顔を見て、ぼくはようやく気づいた。
(ぼくも……変わりたい)
カバンの中のチンキャップに指を触れる。
冷たい銀色のメタルが、
今日だけは、夕暮れの橙に少し似た“温かい色”に感じた。
(明日……つけていこう)
それは決意と呼ぶには弱すぎる。
でも、確かに芽生えた“意識の色”だった。




