メタルキス第九話 メタルの協調
メタルキス第九話 メタルの協調
「おはよ」
あれ以来、毎朝、こうして1日がはじまる。
彼女も、以前はどこか神秘的で、手を触れてはならないような存在だったのに、
装置の共有という儀式を経て、今では、一緒になって頑張っていこうとする共闘パートナーになっていた。
しかも……
彼女がぼくに向ける笑顔は、チンキャップの金属のカップも、
歯並びを律するメタルブラケットも、
彼女のアクセサリーとして、彼女の魅力をさらに強めている。
「ぼく、この顎治すことにしたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、
彼女の目が丸くパッと開き、朝日を受けて銀色をまとって輝いた。
「……ほんとに?」
ぼくがうなずくと、彼女は少しだけ息をのんで、
それから、ゆっくりと笑った。
その笑顔は、ぼくの胸の奥に残っていた“飢餓”を、
静かに満たしていくようだった。
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その日の放課後。
彼女は自分の通う矯正歯科へ向かった。
彼女は月一回、定期的に矯正装置の調整を行うために通っているが、決意を秘めたその足取りは迷いがなかった。
矯正歯科に着くと、
受付の人「あれ?今日は定期受診の日じゃないよね?どうしたの?装置壊れた?」
彼女「友だちが矯正を考えていて……」 と小声
受付の人「ちょっと先生に確認してくるから待っててね」
受付の人が診察室に向かってから、
しばらくの時が流れる。
静けさに支配された待合で待っている間、彼女の頭の中には、この言葉がずっと渦巻いていた。
(治すことにしたんだ)
痛みに耐える自分と同じ道を、
彼も歩こうとしている。
これまでの2人のことが、メリーゴーランドのように同じ場面が回転しながら思い出される。
その果てしない反すうに入りかけたとき、
診察の間ができたのか、医師が「待たせたね。どうしたの?」と声をかけてきた。
彼女は意を決して医師に話し始めた。
「あの…先生……、友だちが矯正を考えていて……」
医師は優しい目で彼女を見る。
「そうなんだ。どんな状態かな?」
「下の歯と顎が上よりも前に出ていて……ずっと悩んでて。
でも、費用のこともあって、なかなか言い出せなかったみたいで……」
医師は少し考え、
「じゃあ、次の予約のときに一緒に来てもらっていいよ。相談だけならタダだから。その時に治療方法や費用のお話ができるよ。親御さんも一緒にね」
と答えた。
その言葉に、彼女の胸の奥で何かがふっと軽くなる。
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翌朝
最近は、銀色の笑顔で、迷わず「おはよ」と先制してくる彼女の朝の日課が、今日はちょっと様子が違うことに気づいた。
こちらを見据え、フッとひと呼吸置き、
「おはよ」
「わたしの通ってる矯正歯科、相談だけならタダだから大丈夫だって。
次の診察、一緒に来る?」
その言葉を聞いた瞬間、
立っていられないくらいの衝撃に襲われた感覚となる。
恐れと期待が同時に押し寄せる。
でも、もう嘘はつかない。
「ありがとう。行きたい」
その夜。
また、この夜も、布団に入っても眠れない。
自分の顎に手を当てる。
そこに、まだ何もないのに、
金属の冷感や感触、輪郭を探してしまう。
彼女のメタルブラケットの光。
装置の締め付け。
顎とカップが一体になるあの密着感。
そして、カップ越しに感じた体温。
(ぼくも、彼女のようになれるのだろうか)
痛みに耐え、
見られても凛とした態度を保つ彼女。
その姿に憧れ、
その強さに触れたくて、
ぼくはここまで来た。
「大丈夫。最初の一歩は、一緒に行こう。」
帰り際に、彼女からかけられたその言葉は、一生忘れられない言葉となった。
胸の奥で、
“協調”という名の透き通ったメタルの音が、
静かに鳴り始めていた。




