メタルキス第八話 メタル飢餓
メタルキス第八話 メタル飢餓
数日後、家で宿題を片付けているぼくの部屋に母が来た。
あの忌々しい国語の授業のエピソードを聞いたクラス担任から母に連絡があったのだという。
「学校で歯並びのことでからかわれているって聞いたよ。歯医者さん行ってみるかい?」
即答できなかった。
心の奥底では、千載一遇のチャンスかも知れないと前のめりかかったが、子どもなりに親の財布事情は知っている。
また、心にないウソをつく。
また、すべてが失われるという、心の飢餓状態に陥っていく。
「ウチには迷惑かけられないよ…それに、何と言われようと気にしてないし、自分はこのままでも別に構わないよ」
(これでいいんだ…)
母は心配そうに「ウチのこと心配してるんでしょ。大丈夫。パートのシフト増やして頑張れば何とかなるから。」
(ぼくは、ぼくは…)
そう言って、母が部屋から出ていきかけたとき、ぼくは嘘をやめ、勇気を持って、はじめて本音を吐息のように吐き出した。
「治したい。」
これまでのコンプレックスにまつわる記憶が脳裏を駆け回ると、顔はすでに涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「何で泣いてるの?」
そう聞く母に、もうこれ以上の心配はさせたくないのと、自分が最も望むものに手が届きそうになっている感慨で、うなずくことしかできずに、何も答えられなかった。
母もそれをわかっていたのか、それ以上は何も言わなかった。
その夜、布団に入っても眠れない。
自分の顎に手を当ててみる。
顎に残る金属の感覚を求めているかのように。
彼女から「つけてみる?」と言われ、装着した装置の、顎とカップの一体感や密着感、締め付けられるような拘束感がよみがえる。
笑う彼女の口元で輝くメタルブラケット。
それらを繋ぐ一本のワイヤー。
その無機質な機械美に、脳裏が痺れるような刺激を受けている。
指先で自分のガタガタな歯列をなぞる。
ここに、どんな感触の金属が並ぶのだろう。
(ぼくも、彼女のようになれるのだろうか)
治療の痛みや不便さに耐えている彼女。
見られても凛とした態度を保つ彼女。
持たざる者の願望、憧れが、やっとカタチになるという希望と、彼女のような生き方ができるのかという不安が、交互に眠りを妨げる。
早く、治したい。
心はすでに飢餓。




