第22話
「と、言う事で。練習試合を組んできました。」
早朝。柴崎が経営する喫茶店、シャトーで志那は突如柴崎に伝えられる。
「練習試合?」
「そうそう。練習試合。昔の友達でさ、組んでくれる人が居たんだよ。」
夏休みは既に佳境。大学生という身分の夏休みは長いもので、既にセミの鳴き声は全盛とは程遠い音量となっている。
「秋大会まであと少しでしょ?」
エルドラドオンライン秋季全国大会は10月23日、24日の2日間開催。
確かに既に日付は9月17日となっているので大会までの猶予は一ヶ月ちょっとしか残されていない。志那の真剣度合いも日に日に増していっている。
「僕との対面練習にもかなり食い付けるようになったからさ。そろそろ上位層の猛者と戦わせてあげたいかなって。」
そう言いながら柴崎は力こぶを誇示するようなポーズを取る。パワー!
この休みの間に志那は《ハンター星闘杖》を柴崎に若干劣る、という程度まで仕上げてきている。
志那の知識や頭脳で戦うといった気質に合っていた構成という事に加え、柴崎の時間を惜しまないマンツーマン(たまにプリンスが乱入するが)の鬼特訓。これにより志那は驚異的なスピードでの成長に成功した。
「僕が教える事が出来たのはあくまで〝僕が知り得る限りのハンター星闘杖〟。だけどこれだけじゃ今のランクマッチで戦う事は多分難しいだろう。これ以上の現代のエルオンに付いて行ける技術を身に着ける為にはランカーとの実践が必要になってくる。とはいえ大会前に秘匿構成をランクマッチで回す訳にはいかないからね。だから練習試合を組んだってワケ。」
志那はランクマッチで《ハンター星闘杖》を使う訳にはいかない。《ハンター星闘杖》のような伏兵的な構成は〝秘匿されている〟という事それ自体がアドバンテージとなっている為、ホイホイとランクマッチで腕試しをして秋季大会を目指す他プレイヤーに存在を悟られる訳にはいかない。
既に志那はこの夏休みの間に《重騎士ハルバード》構成を用いて秋季全国大会の出場条件であるS1級へと到達している。
レートリセットによるスタート階級がA1であった事や、元々使っていた環境TOP構成という事もあり夏季大会の時よりも比較的楽にS1へと到達する事が出来た。比較的、である。決して楽ではない。ゲロを吐くような思いで頑張りはした。
「ありがとうございます!」
「とはいえ向こうも忙しいからね。時間のある時に来てくれるって言ってるから、それまでは今までと変わらず僕とかな。」
ここ一ヶ月で志那君は急激に伸びた。
特に瞬間的な判断速度は僕を凌ぐレベルまで来ている。若さ故の瞬発力があるのだろう。判断の精度自体は置いておいて、瞬発力というのは速度がコンセプトの一つである《ハンター星闘杖》において武器となる。
知識の詰め方もかなり洗練されているのが素晴らしい。丁寧に職業、武器、仕様を自分のものへと着実に吸収しながら学ぶ事が出来る忍耐力がある。このまま知識を入れ続ければ大会までには仕上がるだろう。
流石に秋大会では無理だと思っていたが、もしかしたら大会の入賞もあり得るかもな。
「んじゃ、続きやろか。」
柴崎はそう言い、ロングソードを構えた。
✴ ✴ ✴
体重が増えた。白髪も増えた。友人は減った。彼女は出来た事すら無い。
これが細田二郎が齢15の頃にエルドラドオンラインというゲームに熱中して以来、他の物には目も向けずにプレイしてきた末の現在である。
今の所、得た物と失った物で収支を計算すれば明らかに失った物の方が多いだろう。ついでに言えば今後得た物が上回る可能性も絶望的である。
多少ゲームが上手かったお陰で〝人として生きていく最低限〟の金は賞金で稼げている。
幸か不幸か、なまじ中途半端に小銭を得る事が出来てしまったが為にエルオンから離れる機会を逃し続けてはや20年。ささやかな額でしかない賞金を拾ってなんとか食いつないでいる。
若々しかった筈の肌はうっすらと加齢臭を放つようになった。
かつて共にゲームをプレイしていた同志達もエルオンから離れて行き、結婚する者、仕事で結果を残す者が増えて次第と疎遠になっていってしまった。
今では年一回届く子供の写真が添えられた年賀状が唯一の繋がりと化している。
今年で35。年月を重ねるたびに職に就こうと努力する気力も体力も失われていく。
ギリギリ残る体力によってなんとかエルオンの大会に今も出場し続けているが、不摂生を続けたこの体ではいつ限界が来るかも分からない。
「このままシナシナ枯れるように一人で死んでいくんだろうな……。」
プロチームからの誘いもあるにはあったが、声を掛けてくるのはギャラは大会賞金の80%、ノーギャラでのチーム運営補助を要求されるなど、デメリットの塊でしかないような所謂地雷チームばかり。
プロチームが乱立し得た背景にはこういうカスみたいな条件の地雷チームの存在もある。
気力も熱意も萎み、惰性で日常を繰り返していたある日、昔の友人から連絡が来た。
「[シバサキ]……!?」
ダイレクトメッセージの差出人欄に書かれた名は、かつての最強格プレイヤー。
シバサキと俺は共にエルオンの大会を主戦場に選んだランカーだった(実力差は大きく開いていたが)為、顔を合わせる機会が多く自然と仲が良くなっていった。
ろくすっぽ成績も出せない癖にカスみたいなプライドを持ち合わせていた頃の俺にとっては有名プレイヤーと友達なんだぜ、という事も数少ない誇りであった。
そんな誇りもある時突然、ばったりとシバサキがエルオンを引退してしまって以来、意味を成さなくなっていたが……。
嬉々としてメッセージを開くと
「久しぶり。実は頼みたい事があって。」
という文面。
あぁ。と頭が痛くなる。
この切り出しは幸運の壺かそれに準ずる物だろう。
かつての友人や同級生から久しぶりに連絡が来たと思ったらマルチだった。なんてシチュエーションはかれこれ4.5回経験している。純粋な懐古のお誘いは0件だ。
確かこういうのは誘い方の定石があるはずだ。せめて掛けるならもう少し丁寧に引っ掛けてくれ。舐められてるのだろうかと思うと腹立だしい。
まずいまずい、ついマルチ誘われ玄人の視点が出て来てしまう。こちとら歴戦のマルチ被食者ぞ。半端な気持ちで掛けられるもんかい。
久しぶりの連絡に嬉しくなったのも束の間、どう考えてもマルチ系統だ。霊感商法も大いにあり得る。かつての伝説的ランカーも今ではツボかウコン売りか。おいたわしや……。
そんな気持ちで沈んでいると、メッセージが追加で届く。
「今秋大会用秘匿構成の練習相手探してるんだよ。頼めたりしない?」
疑ってすまなかったシバサキ!!
帰ってくるのか!!
そうかそうか!!そういう事なら喜んで!!
かつての戦友が再びこの世界へと舞い戻って来てくれるとは僥倖。失われた青春が帰ってくるような気すらする。
「是非!!いつでも行けるぞ!!」
……と、返事を打ちそうになったその瞬間、手が止まる。
最前線から離れて久しいとはいえ、シバサキ程のビッグネームならばその人脈を使ってどこかの中堅以上のプロチームに練習参加を願い出るのは容易だろう。
雲隠れを続けていた伝説的プレイヤーなど話題性の権現だ。プロ側にも断る理由が殆ど無い。
当然、プロチームと俺を比較すれば間違い無く設備も環境も何もかもがプロチームの方に軍配が上がる。
という事はシバサキは100%の秘匿をしたい、もしくは練習相手を求めているのはシバサキ本人ではない、というどちらかの可能性が高い。
シバサキに関しては秘匿構成のタネが透けた所でどうこうあるような実力ではない。完璧に対策を立てたと自負した相手にすら勝ちをもぎ取れるのがシバサキである。
という事は練習相手を求めているのはシバサキ本人では無く、シバサキの知人もしくは弟子ポジションの人間。
なんだなんだ。本人の復帰じゃないのかよ。
一気に興味が萎んでいくのを自分でも自覚する。
……とはいえ気が抜けてはしまったが、長い事失踪を続けていたシバサキと再び接点を持つチャンス。ここで上手い事なんかすればシバサキはこちらの世界に戻って来る……かもしれない!!
ポコン!と追加のメッセージ。
「今教えてる子が居てさ、その子とやってほしい。始めて一ヶ月で夏大会に出てる有能株です。」
始めて一ヶ月で夏大会!
細田は驚愕する。出場条件がそもそも非常に面倒なのに、それに加えて大会出場までのエントリー登録、その他諸々。会場まで移動するのも一苦労である。
実力は不明だが、行動力が凄まじい……。いや、シバサキが推している時点で実力も相当なのだろう。
劣等感を感じるな。
自分程長く大会に出続けている人間は居ないとまで言えるレベルでエルオンを続けているにもかかわらず知名度も実力もパッとしないいつ潰れてもおかしくない地味プレイヤー……。
しかし興味も出てきた。
あのシバサキがわざわざ友人を使ってまで育てたい若手……。
OK!と返事を打とうとするが、再び手が止まる。
ふとシバサキに吐いた嘘を思い出したのだ。
いつの会話だったかも思い出せない程に昔の話だが、シバサキに「そんなにゲームをしていて金は大丈夫なのか。」と聞かれた事があったのだ。
そもそも俺以上にゲームをプレイしているシバサキにそんな事を言われるのはまぁまぁ不本意ではあったが、「家が医者だからそんなに困ってない。余裕があるおかげで自由にゲームが出来ている。」と答えた。
もちろん真っ赤な嘘。大ボラである。
とっさに見栄を張って大嘘を吐いてしまった。
実力差が開きつつあった俺とシバサキ。少しでも良い所を見せたいと自分を大きく見せるよう騙ってしまった。
実家は当時で既に絶滅危惧種だった寂れたシャッター街の八百屋だし、金に余裕は無いので穴の空いた靴下は指が3本飛び出るまで履いていた。
正直言い訳をするならばゲーマー等全員が見栄を張る生き物であると細田は思う。
かつてプレイしたオンラインゲームで湯水のように金を使っていた自称資産家のランカーが数カ月後に横領で捕まっているのを見た時は流石にたまげたが、もう少し小規模な見栄であれば誰でも張っている。
余った小遣いで課金しているのだ、と語るサラリーマンが本当は昼食代を削って課金していたり。
そもそもゲームという生産性の低い世界でわざわざ時間を注ぎ込んで上位を目指す等顕示欲や承認欲求無しには中々成し得ないものである。
とはいえ流石に35歳となった現状で親の脛を噛り続けてますと表明するのも相当体裁が悪い。
親の家業を継いで医者になった、とホラを吹く手もあるが、医者程頭が良くないので直ぐにボロが出そうだし何よりバレた時が相当みっともない。
そこらのモブであればのらりくらりと適当な事を言って誤魔化すが、相手は同士シバサキ。出来るだけ真摯に向き合いたい。
「いよいよ来てしまったか、真面目に働く時が……。」
細田はそう呟き、随分と重くなってしまった体で立ち上がった。
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